編集後記

2014年4月号 連載
by 宮

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原子力規制委員会(NRA)の田中俊一委員長が行った3・11訓示は異例も異例だった。閣僚に準ずる自らに代わって登壇させたのは24時間体制で1Fを監視する原子力保安検査官。30代と思(おぼ)しき彼には役職がなく、訥々と高線量下でのパトロールや保安検査の状況を語り、「ここには5千人以上の皆さんが働いています。我々の使命はサイトではなく人を守ることです」と締めくくった。

震災当日、1Fには旧安全保安院の検査官が7人いたが、海江田経産相の「炉心への注水を確認せよ」という職務命令に背き、14日夕刻には全員が福島市内に退避した。翌朝、東電本店に乗り込んだ菅首相が「逃げる気か!」と怒鳴り上げる前に、検査官は1Fから遁走していたのだ。

NRAは国内22の原子力施設に配された約150人の検査官を「安全確保の要」と謳っているが、実態は「張り子の虎」だ。そもそも採用資格が理工系大学卒業で実務経験2年以上とは安直すぎる。国家資格も国家公務員試験もないため職位は低く、ドサ回りの専門職でしかない。あえて3・11に、田中委員長が名もなき検査官の出番を作ったのは、最前線で汗をかく若者に矜持と使命感を持たせ、従来の書面中心から現場主義への転換を促したものだ。

NRAがお手本とする米原子力規制委員会(NRC)は、彼の地ではNavy Retired Clubと揶揄される。商業用軽水炉は原子力潜水艦技術の転用として普及したため、退役した原潜乗りがNRCの委員やスタッフにごっそり転じた。米海軍は被曝に敏感で「些細なミスが全乗組員の死を招く」ため、どんな間違いも許さず原潜乗りから外したという。厳しい軍律の下で専門知識の習熟と安全ルールの徹底が、今日の米規制当局の背骨を為す。「現場の検査官が強くならないと」――。田中委員長の心は届いただろうか。

   

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