「イケメン花形歌舞伎」の腕比べ

全員20代の若手役者7人が浅草に勢揃い。「かぶく」場を求め、新旧若手の試行錯誤が始まった。

2015年3月号 LIFE

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新年明けて1月2日、「新春浅草歌舞伎」が初日を迎えた。これまでは中村屋の勘九郎、七之助兄弟、市川猿之助、片岡愛之助、中村獅童などの顔ぶれだったが、今年から彼ら“旧”若手は新歌舞伎座や国立劇場などに回ったので、まさに浅草は1​9​8​0年初演開催時の「初春花形歌舞伎」に立ち返った初々しい顔ぶれに一変した。

座長役と言える「上置き」(年齢、格など一座で上の役者)は尾上松也。浅草歌舞伎の宣伝のために、年末のバラエティー番組などで彼を見ない日はなかったほど。集客への必死さは伝わった。テレビ出演の副産物として、彼のタレント性も周知されることとなり、元AKB48の前田敦子との交際や別の女性とのお遊びまでマスコミにとりあげられて、歌舞伎ファン以外にも知られる存在になった。

甘い端正なマスク、ソフトな雰囲気と歌舞伎役者特有の色気を漂わす松也だが、父松助は部屋子の出身で、代々梨園の御曹司ではない。松也が20歳の時に59歳の若さで亡くなり、松也は後ろ盾をなくしたが、5年前から自主公演を開催するほか、ミュージカルに出演するなどの活動もしている。

今年の浅草歌舞伎の主たる役者は全員20代で、座長松也が29歳(現在は30歳)、中村歌昇、坂東巳之助が平成元年生まれ、中村種之助(歌昇の弟)、中村米吉、中村隼人、中村児太郎が平成5年生まれという7人。今年のチラシやポスターは、ジャニーズ系のアイドルグループ顔負けの仕上がりで、若い客層を開拓していこうという作戦か。松也や隼人のカレンダーを見ても、芸よりミーハー人気でという松竹の意図がわかる。

華がない松也の「勘平」

幕が上がる前の浅草歌舞伎恒例のお年玉挨拶は、2人で掛け合いながらのお喋り。1人で喋らせる超花形役者には、荷が重いということか。

1部、2部とも舞踊の演目はお正月らしい題材でもあり、華やかさに包まれた。米吉が登場すると、踊りの技術より、評判のかわいさにうっとりする女性客も多かったに違いない。

1部の『一條大蔵譚』。一條大蔵卿を演じたのは歌昇。演技はまだ堅いが、いい顔をしている。この春に結婚を控えているという先入観もあるが、25歳という年齢より落ち着きのある役者に見えた。

2部の『仮名手本忠臣蔵』五段目六段目は、誰もがよく知る「おかる勘平」の悲劇。松也が主人公、早野勘平を演じた。テレビの露出に見る方が毒されたか、隈取りのない化粧に華がなく、どこか王子様のような風情だった。猟銃の誤射で殺した男の懐中から金を奪う邪心、それが義父だったと知る動揺や、切腹に追い詰められる無念さ、最後に血判状に加われる喜びに昇華するまでの起伏が乏しく、演じる力みが伝わってしまう。

しかし、勘平の妻おかる役の児太郎に助けられた。父中村福助の薫陶よろしく、経験値が高いからか、最も若い彼がベテランにさえ見えた。米吉とは全く違うタイプの女形である。

隼人はイケメンイメージが先行しすぎて、これからに期待しよう。歌昇の弟、種之助は初々しいというべきか、まだ大人の役者に見えないというべきか。坂東三津五郎の子、巳之助は、父振付の舞踊『独楽売』に力を注いだせいか、演技のほうは分量的にもう少し見たかった。

舞踊以外の演目の選択は、ほとんど若手だけの配役で担うには重めではなかったか、と思う。正月早々観客席に力が入った。よく「役者は客が育てる」というが、実は客と役者とのせめぎ合いだと思う。20代ばかりの一座だと、動き、立ち位置、発声、せりふ回しなどを、師匠や先輩と同じ舞台に立ち、盗み見しながら覚えることができない。

例えば、人形振りの『三番叟』の舞いなどは、その人形振りの演技を身体に滲ませて舞うかどうかだ。客はそこまで見ている。人気先行の役者で、客はそこそこ入るだろうが、次世代の歌舞伎へと伝わっていくだろうか。

楽しみな三月花形歌舞伎

歌舞伎はいま、世代交代期を迎えている。新歌舞伎座の開場を前に人間国宝の中村富十郎、中村芝翫、中村雀右衛門が死去、跡を継ぐ市川團十郎、中村勘三郎も亡くなり、「さあ、どうする?」と頭を抱えていたところへ、歌右衛門襲名が決まっていた福助が倒れ、頼りにされた三津五郎まで病で休演してしまった。2人は、團十郎、勘三郎から次世代の若手へとつなぐ重要な役割を担っていたはずだ。

大御所なき後、中村吉右衛門、尾上菊五郎、松本幸四郎、團十郎らが引き継ぎ、さらに勘三郎、三津五郎、福助らに伝える、という筋書きを誰もが描き、期待していたが、それが断絶してしまうのではないか、というのが歌舞伎ファンの危惧である。

丸山浩人・浅草歌舞伎支配人は「それぞれの父親、つまり歌昇と種之助は又五郎、巳之助は三津五郎、児太郎は福助、米吉は中村歌六がいるし、父親のいない松也は、一門の菊五郎が面倒を見てくれたので、心配しなかった」と楽観的である。

確かにこれが挑戦でもあるのだろう。誰にでも初演はあるのだから。兄貴分となった市川海老蔵は、マンガを原作とした『石川五右衛門』(樹林伸原作)を新橋演舞場で演じたし、猿之助も「スーパー歌舞伎Ⅱ」で人気マンガ『ONE PIECE』を今秋に新橋演舞場で上演すると発表したばかり。中村屋兄弟は勘三郎の遺志を継ぎ、4、5月に浅草寺境内に芝居小屋を建てて3年ぶりに「平成中村座」を上演する。

歌舞伎の本質である「かぶく」場を求めて、浅草歌舞伎を卒業した“兄”たちもそれぞれ試行錯誤を始めているのだ。松也ら“弟”たちもボヤボヤしていられない。いかに「かぶく」か、それは単なる伝統の継承からも、ミーハーなファンに媚びを売ることからも生まれない。

さて、浅草と同じメンバーで京都南座の三月花形歌舞伎を勤めることが決まった。松也が女を知らぬ好色な鳴神上人を演じられるのか、米吉は雲の絶間姫で可憐さだけではない狡猾な女っぷりを見せてくれるのか。そして全員で弁天娘女男白浪。いずれも楽しみである。

   

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