怪しすぎるLIXIL「丸損」

“破産”した中国子会社の創業一族が居座り。誰も引責せず債権も保全しない裏で、何を隠しているのか。

2015年8月号 COVER STORY [中国子会社化の罠]

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誰ひとり責任を取らず(LIXILグループの藤森義明社長)

Reuters/Aflo

グローバル化をめざす日本企業が、外国企業を買収して子会社化するケースは今や珍しくない。その子会社で重大な不正会計が発覚したら、親会社はどう対処すべきか。まず不正に関わった当事者を解任して証拠隠滅を防ぎ、本社スタッフを現地に派遣して徹底調査するのが定石だろう。

だが、仮に不正の当事者が経営トップとして子会社に居座り、親会社の調査を拒絶したら――。東証一部上場の住宅設備大手、LIXIL(リクシル)グループで、現にそんな異常事態が起きている。中国子会社の“破産”で最大約662億円もの損失が生じる見通しだというのに、投資家には内情をひた隠しにしているのだ。

にわかには信じ難い話だが、順を追って説明しよう。今年4月27日、LIXILは連結子会社の「ジョウユウ」(Joyou)の財務状況が正しく報告されていなかった可能性があるとし、事実関係を明らかにするため調査を行うと発表した。ジョウユウは水栓金具や衛生陶器などを手がける中国の企業グループ「中宇衛浴」の持ち株会社。登記上の本社はドイツにあり、フランクフルト証券取引所に株式を上場していた。

すると調査の過程で巨額の簿外債務が見つかり、売り上げの水増しや費用の過少計上などの不正も発覚、ジョウユウは大幅な債務超過であることが判明した。5月22日、同社は破産手続開始をドイツの裁判所に申し立て、同時に中宇衛浴の創業トップでジョウユウCEO(最高経営責任者)の蔡建設と、その息子でCOO(最高執行責任者)の蔡吉林を解任して「法的措置を講じることを検討している」と発表した。これを受け、親会社のLIXILも同じ内容のIR(投資家向け広報)を日本で開示。ここまでは表向き定石通りだ。

「破産していない」と仰天声明

ところが翌23日、中宇衛浴の中国語ウェブサイトに仰天の声明文が出現した。そこには次のような内容が書かれていた。

「ジョウユウは一時的に債務を返せない状況になったが、破産したわけではない」

「ドイツと中国では法律が異なり、ジョウユウの法的整理は中宇衛浴の経営に直接の影響を及ぼさない」

「中宇衛浴の全管理職は職務を継続し、正常な生産および営業活動を維持している」

要するに、中宇衛浴は経営破綻しておらず、蔡親子もトップに留まっていると主張しているのだ。これはジョウユウおよびLIXILの発表と明らかに矛盾する。しかも、ジョウユウの破産申し立てから2カ月近くが過ぎた現在も、声明は訂正も削除もされていないのである。

一体どういうことなのか。本誌がLIXILに説明を求めると、直接取材は断られたが、広報部が文書による回答に応じ、そこには再び仰天の文言が綴られていた。

「ジョウユウは、ドイツにおいて破産手続開始を申し立てたことにより、現在裁判所の管理下にあり、 予備管理人(将来的に管財人に選任される見込み)が選任されています。また、ジョウユウの破産手続開始申し立てに伴い、ジョウユウとその子会社は当社の連結範囲から外れています。これらの理由により、ジョウユウの中国子会社について役員交代を命じるなど当社によるコントロール(指揮・命令)が困難な状況です」

何と、親会社のLIXILが子会社の中宇衛浴を制御できず、不正の当事者である蔡親子を排除できない状態だと本誌に認めたのである。裁判所や連結範囲が云々という意味不明の言い訳は、まともな釈明ができない証左にほかならない。

常軌を逸したグローエの行動

さらに、不正会計の調査に蔡親子が協力しているのか質したところ、ジョウユウの破産申し立て前には調査チームのインタビューに応じたが、その後は「聞き取り調査は実施が困難な状況」にあると白状した。おそらく蔡親子は破産申し立てに納得せず、LIXILと袂を分かったのだ。調査チームは中宇衛浴の本社オフィスに立ち入ることさえできないのではないか。

6月3日、LIXILの藤森義明社長兼CEOは緊急記者会見を開き、ジョウユウ破産に伴う損失が最高約662億円に達すると発表した。これはジョウユウに対するLIXILの投資および債務保証の総額を「丸損」とした数字だ。内訳は間接保有するジョウユウ株の価値毀損が約317億円、ジョウユウの香港子会社への債務保証が約330億円に上る。

ここで二つの疑問が浮上する。第一に、LIXILはなぜジョウユウ(実体は中宇衛浴)のような腐った中国企業を買収してしまったのか。第二に、そんな中国企業になぜ巨額の債務保証をしたのかだ。

LIXILはジョウユウを直接買収したわけではない。13年に欧州の水栓金具最大手グローエを総額29億3500万ユーロ(約4千億円)で買収した際、グローエの子会社だったジョウユウも一緒に傘下に入ったのである(相関図を参照)。

ジョウユウの実体である中宇衛浴は、創業者の蔡建設が1979年に故郷の福建省南安市で開業した町工場がルーツ。創業一族が経営を支配する典型的なオーナー企業だ。蔡は事業拡大のための資金調達を目的に、欧州市場での株式公開を計画。08年にドイツにジョウユウを設立した。

そこに接近したのがグローエだった。同社は04年に米投資会社のTPGとクレディ・スイスの投資銀行部門に共同買収され、英通信大手ボーダフォンからスカウトされたデビッド・ヘインズ(現LIXIL取締役兼グローエ・グループCEO)の指揮で再建途上にあった。蔡にとってグローエの技術とブランドは魅力であり、ヘインズは中宇衛浴が中国に持つ販売網に価値を見たのだろう。09年、ジョウユウはグローエから10%の出資を受け入れて業務提携し、翌年フランクフルトで上場する。

その後、グローエはTOB(公開買い付け)などを通じて株式を買い増し、ジョウユウへの関与を深めた。13年3月には、蔡一族が保有していたジョウユウ株(36.5%)とグローエ・グループ株(12.5%)を交換することで合意。その結果、グローエは発行済み株式の72.3%を握り、ジョウユウを子会社化した。

実は、この買収は中国企業のM&A(合併・買収)の常識から大きく逸脱していた。中国ではオーナー企業の多くで創業トップの公私混同による不正会計や二重帳簿が横行しており、投資業界では公然の秘密。あえて買収する場合、事前の資産査定だけでは到底十分ではない。創業者を名誉職に棚上げしたり、CFO(最高財務責任者)を送り込んで財務を洗い直したりするのが基本中の基本なのだ。まして中宇衛浴は、蛇頭(スネークヘッド)の本拠地として知られ地下金融も盛んな福建省の企業である。

にもかかわらず、グローエは蔡親子を経営トップに留任させ、CFOも送り込まなかった。「これでは親会社のガバナンスが効かず、財務の実態も把握できるわけがない。リスク管理が杜撰すぎる」と、中国事情に詳しい金融マンは首をかしげる。

日本のメガバンクも実態つかめず

LIXILはグローエ買収を通じて、グローエとジョウユウの不正常な関係をそのまま取り込んでしまった。とはいえ、仮に買収後すぐに詳しく調べていれば損失は半分未満で済んだ可能性がある。ところが昨年7月、ジョウユウの香港子会社が日本の三井住友銀行、三菱東京UFJ銀行、みずほ銀行の3メガバンクと結んだ総額3億ドルの融資枠を保証。12月には蔡一族が保有するグローエ・グループ株12.5%を2億500万ユーロ(約226億円)で買い取るなど、自ら傷口を拡げた。

3メガの融資に携わった関係者によれば、銀行に話を持ち込んだのはLIXILだった。さらに、銀行も独自の資産査定を実施したが、「率直に言って中宇衛浴の実態がわからなかった。それでも融資したのは債務保証があったから」と証言する。

LIXILはメガバンクの審査のプロでも実態がつかめない福建企業への融資を自ら斡旋し、債務保証に同意したのである。「常識では理解不能だ。裏にそうせざるを得ない事情があったと勘ぐられても仕方がないのではないか」。本誌が取材した複数の金融マンはそう口を揃えた。

調べれば調べるほど、怪しすぎるジョウユウの闇。その買収を主導したヘインズ、野村証券出身でLIXILのグローエ買収の責任者だった副社長の筒井高志、そして社長の藤森の少なくとも3人が、何の責任も取らず、のうのうとしているのは異常だ。直ちに事実を公表し、説明責任を果たす気がないのなら、株主はさっさと藤森らを打ち首にすべきだろう。(敬称略)

   

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