深い霧の中から聞こえる歌声

映画 『麦の穂をゆらす風』

2007年1月号 連載 [IMAGE Review]

 ファースト・シーンが印象に残らない映画は見るに値しない。 短編小説のカタルシスが、最初の1行によって決まるようなものだ。職人肌の作家が雕心鏤骨(ちようしんるこつ)の一語一語を刻んだように、映画監督もファースト・シーンに魂のすべて、作品のレゾンデートルのいっさいを惜しみなく託すのではないか。 日本語のタイトルにすると感傷的な『麦の穂をゆらす風』の監督ケン・ローチは、この作品の冒頭に「ハーリング」を選んだ。アイルランド式ホッケーである。私もダブリンの試合場でグラウンドに下りて、間近に見たことがあるから懐かしい。思わず画面に引きこまれた。 遠景には荒涼とした突兀(とつこつ)たる山々。どんよりした曇空のもとで、トネリコを削ったスティック(カモーン)を握りしめ、15人対15人がラグビーのゴールのようなH型のポールめがけて、硬球を打ち込もうとぶつかりあ ………

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