「アラファト毒殺」の深き闇

あの元ロシア工作員を殺した毒物を遺体から検出したというが、「モサドの嫌われ者」を誰が殺したのか。

2014年2月号 GLOBAL [死して10年で疑惑再燃]

ヤーセル・アラファトは波瀾万丈の人生を送った。1974年の有名な国連演説は、テロリストとして名を世界に知らしめた。檀上に立ったPLO(パレスチナ解放機構)議長は、驚く総会の出席者を前に両拳を握りしめて「オリーブの枝と自由の戦士の銃を携えてきた」と語り、「オリーブの枝が私の手から落ちないようにして欲しい」と繰り返した。この言葉はアラファトの終生のライトモチーフとなった。そして昨年11月、パリで著名な病理学者グループが、「アラファトは毒殺された」と驚くべき報告書を発表した。その毒物は、2006年にロンドンでロシア連邦保安庁(FSB)の元要員アレクサンドル・リトビネンコが毒殺された際に使われた放射性物質ポロニウム210だというのだ。アラファトは04年11月、パリの病院で死に、本人の遺志によりエルサレムに近いヨルダン川西岸のラマラに埋葬された。夫の死にイスラエルが関 ………

ログイン

オンラインサービスをご利用いただくには会員認証が必要です。
IDとパスワードをご入力のうえ、ログインしてください。

ID(メールアドレス)
パスワード  (半角英数字)
 次回から自動的にログイン

IDを忘れた方はこちら
パスワードを忘れた方はこちら
年間定期購読のお申し込みはこちら