気息奄奄! 日本から「全国紙」がなくなる日

地方で細る全国取材網。広がる「記者砂漠」。自治体権力の監視機能が弱体化。

2024年5月号 LIFE [骨と皮だけ]
by 井坂公明(メディア激動研究所所長)

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日本新聞協会の会長でもある朝日の中村史郎社長(朝日新聞HPより)

加速する部数減に悩む全国紙が、ここ数年、地方に配置している支局や記者の数を急速に減らしている。取材網が細れば道府県版を含む紙面の質が低下し、道府県や市町村などの行政に対する監視機能が弱体化するのは必至だ。また、地方の中でも過疎地域のカバーが手薄になり、いわゆる「ニュース砂漠」が発生する懸念も出てくる。このままのペースで部数減と地方からの撤退が進めば、5~6年後にはほとんどの全国紙が全国取材網を形だけ保った「骨と皮だけの全国紙」となる可能性が高い。

朝日の支局、3年余りで110減

日本新聞協会が2023年末に公表した同年(10月現在)の加盟日刊110紙の新聞総発行部数は2859万部(千以下切り捨て、以下同)と、前年に比べ225万部、7.3%減少した。前年比200万部を超えるマイナスは6年連続。発行部数はピーク時の1997年(5376万部)の53%にまで落ち込んだ。日本ABC協会がまとめた日刊紙の朝刊販売部数(23年11月現在)を見ると、全体では2504万部で前年同月に比べ193万部(7.2%)の減少となった。全体の減少分の約7割を全国紙が占めており、地方紙の減少率は全国紙に比べると総じて低い。

新聞業界では「部数は新聞の影響力を示す最大の指標であり、力の源泉」と言われ、20世紀末から21世紀初頭にかけての全盛期には2大紙は「読売1千万部、朝日800万部」を誇っていた。日本でスマートフォンの普及が本格化した10年前の14年1月の朝刊販売部数と24年1月のそれを比べると、読売新聞は982万部から607万部へ、朝日新聞は746万部から349万部へ、毎日新聞は335万部から158万部へ、日経新聞は276万部から138万部へ、産経新聞は159万部から88万部へとそれぞれ大幅に落ち込んだ。読売と朝日は年平均で約40万部の減少。朝日と毎日、日経は半分以下となった。

部数減に伴い、全国紙は、紙のマイナスを日経電子版の有料会員増で補えている日経新聞を除き軒並み売り上げを減らしており、例えば朝日新聞(単体)は22年度の売上高が1819億円と10年前の6割弱にまで落ち込んだ。売り上げが減った場合の帳尻合わせに最も手っ取り早い方策は人件費の削減だ。新聞各紙特に全国紙は「部数減→売り上げ減→支局・記者減→取材力低下→紙面の質低下→部数減」の負のスパイラルに陥っていると言えそうだ。

この3~4年ほどで地方の取材拠点を急速に減らしているのが朝日新聞だ。日本新聞年鑑(新聞協会発行)によると、10年7月現在で本社、支社も含めて296カ所あったのが、15年7月には283カ所、20年7月には244カ所(本支社5、総局44、支局194、駐在1)まで漸減。それが23年7月には158カ所(本支社5、総局44、支局109)と大幅に落ち込んだ。最新情報を載せた同社のコーポレートサイト(24年4月現在)では166カ所(本支社5、総局43、支局84、地区担当34)と記載されている。「地区担当」とは新聞社としての建物はないものの地域に置いている記者のことで、他紙の「駐在」に相当するとみられるが、サイトには4月10日現在、小山、岩国、延岡の3カ所以外は地名が明示されていない。支局だけで見ると、20年7月から110減らしたことになる。

今年1月に能登半島地震が起きた石川県の取材網を見ると、15年7月には金沢総局と小松、七尾、輪島の3支局、20年7月には金沢総局と小松、輪島両支局を置いていたが、23年7月には金沢総局と輪島支局となり、同年9月以降は金沢総局だけになった。

この大幅削減の根拠となっているのが21年4月からスタートした「中期経営計画2023」(21年度~23年度)だ。同中計には23年度末までに社員数を500人削減して3800人規模とし、その中で編集分野(取材記者・編集担当者)は400人減らして1700人体制を目指すとの趣旨が盛り込まれている。編集関係の人員削減はまず地方で進められた。中村史郎社長は24年の新聞業界専門紙の新春インタビューで「残念ながら地方紙のような情報量を追い求めるのは難しくなってきた」と地方における取材力の低下を認めた。

県版は「箱もの」増え、生ニュース減少

毎日新聞東京本社(東京・竹橋)

毎日新聞は15年から20年までの間に取材拠点を半減させた。新聞年鑑によると、15年7月には370カ所(本支社5、本部・総局3、支局89、通信部172、支局駐在101)あり、05年、10年とほぼ変わらなかった。それが、20年7月には191カ所(同5、同3、同82、同75、同26)に半減。特に通信部、支局駐在を大きく減らした。23年7月現在では146カ所まで縮小した。

産経新聞は05年から10年までの間に取材拠点を半減させ、その後も削減を続けている。05年7月には159カ所(本社2、総局9、支局47、通信部89、特別通信部12)あったのが、10年7月には80カ所(本社2、総局10、支局37、通信部17、駐在14)と急減。その後もマイナスが続いて23年7月には47カ所まで減らした。朝刊販売部数が1千部未満の石川、富山、岐阜の3県などには取材拠点がなく、北海道は札幌市、九州は福岡市の各1カ所のみで、これらの地域はほぼ共同通信の配信に依存している。このような取材網の状況を踏まえると、既に全国紙とは言えないのが実態だ。

日経新聞はもともと地方の取材拠点が少なく、この20年ほど拠点数はほとんど変わっていない。05年7月には64カ所、15年7月は61カ所、23年7月には58カ所。全都道府県の県庁所在地などに支局を置き、通常2人程度の記者を配して、原則として経済関係のみを取材。それ以外の事件、事故などは通信社の配信に頼っている。いわばギリギリの状態だが全国取材網の形は保っている。

これに対し、「唯一無二の全国紙」を目指す読売新聞は、05年以降300を超える取材拠点を保持している。10年7月には349カ所あったが、15年7月には307カ所まで減らした。しかしその後は20年7月306カ所、23年7月317カ所(本支社6、総局・総本部7、支局131、通信部173)とほぼ横ばいを維持している。

ただ、最新情報を掲載した同社のコーポレートサイト(24年3月現在)には国内の取材拠点数は307カ所(本支社7、総局・支局51、通信部249)と記されており、23年7月時点と比べ総数はほぼ変わらないものの、記者が通常1人の通信部が大幅に増え、記者が複数いる総局、支局の数が80以上減っているのが目に付く。読売新聞は能登半島地震の発生を受けて、石川県の輪島通信部を支局に格上げし、これまで1人だった記者を2人に増員したが、全国的に見ると大きな流れは逆の方向へ向かっているようだ。

全国紙の地方撤退の影響は既に道府県版などの紙面の劣化として表れてきている。記者の絶対数の不足で生ニュースが少なくなり、紙面を埋めるため「箱もの」と呼ばれる企画記事が増えた。朝日新聞OBで組織する朝日旧友会の会報(第242号・22年7月発行)は、地方取材網の弱体化を嘆く声で溢れた。「県版はほとんどニュース面の体をなしていないと思う」「埼玉県版を拝見すると一目瞭然、紙面の『薄さ』を実感している」「岡山県版に鳥取など日本海側の地域ニュースがよく載る。どうなっているのか」――。

地方取材網の削減は、記者の側から見れば労働強化につながる。高知新聞と朝日新聞で合計2度の新聞協会賞を受賞した依光隆明News Kochi編集長によると、同氏は17年に朝日新聞諏訪支局(1人支局)に赴任したが、同年に隣の伊那支局がなくなったため、従来の諏訪支局管内にプラスして伊那支局管内の半分を受け持つことになった。21年には近くの松本支局の記者が2人から1人に減ったため、受け持ちのエリアはさらに増えた。担当地域が広がっても仕事の密度が減るわけではなく、特に選挙は受け持ち自治体が2倍になれば2倍忙しい――。このように部数減のしわ寄せは地方の記者に重くのしかかる。朝日新聞でさえこのような状況なのだから、読売新聞を除く他の全国紙の窮状は察して余りある。

全国紙が地方から引き揚げていくことについて、激しい競争を繰り広げてきた有力県紙の幹部は「経営的な観点から言えば、全国紙の撤退による読者の拡大は望ましい」と語る。ただ、同時に「全国メディアと地方メディアの取材競争により自治体へのプレッシャーは高まり、報道の多様性も担保される。一部の地方紙が(地方)権力との距離感が近すぎる弊害にもチェックが働いていた」と全国紙の存在感が薄まることでマイナス面が生じつつあることも認める。別の地方紙関係者も「地方紙は行政にはやはり腰が引けているところがあるので、全国紙は貴重な存在」と打ち明ける。

地方取材の中心は県紙とNHKに?

「唯一無二の全国紙」が宣伝文句

全国紙と県紙・ブロック紙の取材網を比較すると、その差は歴然としている。例えば石川県では、読売新聞は金沢、能登、輪島、加賀の4支局、朝日新聞は金沢総局のみ、毎日、日経両新聞も金沢支局のみ。産経新聞は県内に拠点はない。これに対し、県紙の北國新聞は同社のサイトによると、本社(金沢市)に加え、七尾など5支社、輪島など4総局、珠洲など8支局の合計18拠点。ブロック紙の中日新聞も、北陸本社(金沢市)に3支局7通信部を合わせた11拠点を擁する。今後、全国紙の撤退が進むのに伴い、地方のニュース取材は県紙や全国に143カ所(本部放送センターを含む放送局55と支局88)の取材拠点を有するNHKに比重が移っていくことが予想される。ただ、県紙の取材網も緩やかではあるが縮小傾向にある。

日本の新聞業界では戦後、「5つの全国紙-3つのブロック紙-県紙-地域紙」という秩序が長らく不動のものとして続いてきた。「全国紙」の一般的な定義はないが、ここでは①全都道府県にくまなく取材網を展開し、全国のどこで起きた事案でも取材対応ができる、②全国に読者を有し、毎日の取材の成果を原則として翌朝に読者に届けることができる――新聞のことを指す。国内全域に取材拠点を置いてカバーしているという意味での全国紙がない米国では、「郡」単位でニュースを発信してきた地方紙が相次いで破綻し、「ニュース砂漠」が広がっている。これに対し日本では、各地域を全国紙、ブロック紙、県紙、地域紙が重層的にカバーしている構造で、全国紙と県紙がしっかりしていれば「ニュース砂漠」は基本的には存在しないとみられてきた。

しかし、その秩序が今、崩れつつある。全国紙が地方から撤退して東京、大阪などを中心とするブロック紙化してゆき、県紙も地方の過疎化の進行に伴い都市部とその周辺に縮小し、経営の苦しい地域紙もさらに弱体化していけば、虫食い的に「ニュース砂漠」が発生する可能性が出てくる。例えば、県全域をカバーする県紙が存在しない和歌山県では、全国紙の取材網は読売新聞が1支局6通信部、朝日新聞が1総局2支局、毎日新聞が1支局3通信部、日経新聞は1支局、産経新聞は1支局1駐在で、重複している拠点が多い。

一方、同県内に日刊の地域紙は紀伊民報(田辺市中心)、わかやま新報(和歌山市中心)、日高新報(御坊市中心)、紀南新聞(新宮市中心)など部数が1~3万部クラスの6紙があるが、有田市や有田郡、橋本市、伊都郡をカバーする日刊の地域紙はない。全国紙でも有田市・有田郡の地域に拠点を置くのは読売新聞(湯浅通信部)だけだ。全国紙がさらに引き揚げていった場合、全体としてカバーが手薄になっていく感は否めない。

全国紙が地方の取材網を縮小した結果、地方支局が「記者教育の学校」としての役割を果たせなくなってきた点も見逃せない。以前から支局の記者が少ない日経新聞では新人は東京、大阪両本社などに配属されてきたが、それ以外の全国紙に入った新人はまず地方で修行するのが一般的だった。ところが、朝日新聞では、10年代末から47都道府県の総局を18のブロックに集約する総局機能の「ブロック化」が進み、例えば北東北ブロック(青森、秋田、盛岡3総局)では拠点総局の盛岡にのみデスクが置かれ、一般総局の青森、秋田はデスク不在となった。これに人員削減が重なり、例えば青森総局は総局長も含め3人体制(22年5月現在)となり、新人は配置されなくなった。3人で県政全般、県警などをカバーしなければならないため、新人の面倒を見る余裕もなくなった。早めに地方取材網の削減に踏み切った毎日新聞や産経新聞では状況はさらに厳しい。

記者教育機能を失いつつある新聞社

これまで全国紙をはじめとする各新聞社は、きちんと体系化はされていないものの自社内で記者教育を完結してきた。その「若手を一人前に育てる」機能・能力が今、失われつつある。米国ではコロンビア大学のジャーナリズムスクールのように、大学と新聞社を中心とするメディア産業が協力してプロのジャーナリストを養成する制度がある。日本でも21世紀に入って、早稲田大学大学院政治学研究科にジャーナリズムコース、慶応大学大学院法学研究科にジャーナリズム専修コースなどが設けられたが、米国のような広がりや教育課程の質を担保する仕組みは見られない。

新聞社の外に目を転じると、メディアに携わる人に学びの場を提供する「デジタル・ジャーナリスト育成機構」(D-JEDI)は、取材や調査に役立つ「オープンデータ活用術」をサイトに連載したり、「ライティング・編集スキル講座」などを開催している。調査報道記事を配信するプラットフォームである「スローニュース」は、災害時の取材ノウハウをまとめた「災害前線報道ハンドブック」を公開。調査報道に特化した報道機関「Tansa」は、調査報道ジャーナリストの養成を目的とした「Tansa School」を20年から開催。新聞記者やネットメディアの記者らに技能を伝授している。これらは新聞社の教育機能を補完する役割を果たしていると言えよう。今後新聞社は横の連携を模索するとともに、大学や前述の民間組織とも協力して、記者教育のための新しいプログラムを作り上げていく必要があるのではないか。

新聞社の取材網縮小、記者削減の背景には部数減とそれに伴う売り上げ減が横たわっている。このままのペースで部数が減り続ければ、5~6年後には実売ベースで100万部を上回る新聞は読売新聞だけになる見通しだ。地方取材網もさらに縮小し、全国取材網と称しても骨と皮だけになって、名実ともに「全国紙」と言える新聞はほとんどなくなってしまうだろう。

取材網縮小と記者削減を食い止めるためには、まずは売り上げを増やすのが常道だろう。ただ、紙の新聞の読者が減っていく流れは止められそうにない。新聞に代わるニュース関連の収入の柱としては今のところデジタル版(電子版)以外には見当たらないのではないか。また、仮に100万部を割り込んだとしても、かつての米有力紙ニューヨーク・タイムズのように質の高いクオリティー・ペーパーを模索する道もある。読売新聞は「唯一無二の全国紙」を目指し、日経新聞はデジタル中心のメディアに移行しつつあるが、他の全国紙はどうするのだろうか。

著者プロフィール

井坂公明

メディア激動研究所所長

   

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