中医協の猿芝居/アイン減算/個人薬局守り「敷地内薬局」を叩く

我が世の春の日本薬剤師会。 利権のお零れにあずかる自民党と薬系技官。そこに患者の視線はない。

2024年5月号 DEEP [ツケを払うのは国民]
by 本誌特別取材班

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組織内議員の本田顕子参議院議員(本人のHPより)

規制は利権を生み出し、発展を阻害する。その典型が調剤薬局だ。

調剤薬局とは医師の処方箋が必要な医療用医薬品を扱う薬局である。2022年度は8億3762万枚の処方箋を扱い、売り上げ(調剤医療費)は7兆8821億円だった。前年比1.7%増と成長を続けており、23年3月現在、全国の調剤薬局数は6万2375店舗(前年比0.9%増)で、コンビニよりも多い。

薄利多売を迫られる小売業界は、コンビニやドラッグストアのように合併や買収による集約化が不可避だ。調剤薬局は数少ない例外的存在である。アインホールディングス、日本調剤、クオール、メディカルシステムネットワーク、東邦HDの大手5社の市場占有率は11%に過ぎず、大部分の薬局は個人経営だ。厚労省の規制、つまり護送船団方式が零細薬局の存続を許してきた。

個人薬局を守り、敷地内薬局を叩く

東京・霞が関の厚生労働省

高齢化が進む我が国で医療費削減は喫緊の課題だ。調剤報酬も例外ではない。医療費抑制のためにも、調剤薬局業界を再編しなければならないが、厚労省に当事者意識はない。最近、さらに零細薬局保護のための規制が強化された。それは敷地内薬局の報酬削減だ。

敷地内薬局とは、病院の敷地内に医療機関とは別の法人が薬局を経営することで、東京大学の敷地内にアインファーマシーズ(アインホールディングスの事業会社)と竹内調剤薬局(東京都文京区)が出店するなど、大病院を中心に出店が進んでいる。調剤薬局にとっては大量の処方箋、病院にとっては高額な家賃収入が期待できる「美味しいビジネス」(調剤薬局関係者)だ。双方にとってウィンウィンの関係であるため、近年、その数を急速に伸ばしている。23年6月現在、全国に371店舗が営業しており、前年の同時期より115店舗増えている。

我が国の診療報酬は厚労省が決める。調剤報酬を決めるのは薬系技官だ。彼らは薬局の経営母体の規模によって調剤報酬に差をつけてきた。コストを抑制できる大規模薬局は安く、個人薬局は高い。今春まで敷地内薬局の調剤基本料は70円、個人薬局は420円と6倍の差があった。6月から施行される診療報酬改定により、さらにその差は拡大する。敷地内薬局の調剤基本料は50円に減額される。その結果、個人薬局の受付料は最大で1200円、敷地内薬局は90円となる。同じ処方箋を処理しても1110円の差がつくことになる。

敷地内薬局の冷遇はこれだけではない。調剤報酬は、調剤基本料と様々な加算により構成される。今回の診療報酬改定では、このような加算も減額される。例えば、かかりつけ薬剤師の配置、夜間や対応実績に応じて支払われる地域支援体制加算、ジェネリックの使用実績に応じて支払われる後発医薬品調剤体制加算は、敷地内薬局では個人薬局と比べ90%減額される。

これ以外にも、7種類以上の内服薬を調剤した場合には、薬剤料が10%減額される。調剤料でなく、薬剤料が減額されるのだから、高額な薬が処方された場合、その影響は甚大だ。この減額は筋が通らない。多剤処方は高齢者医療の大きな問題だが、薬剤師は医師の処方に基づき、処方しているだけだからだ。薬剤師法21条は、薬剤師に応召義務を課しており、医師の処方を薬剤師は拒否できない。敷地内薬局を叩いても多剤処方は減らない。

厚労省の敷地内薬局叩きは、医療機関をも巻き込む。今回の診療報酬改定では、総合入院体制加算の算定に「敷地内薬局がないこと」が加わったし、1カ月の処方箋数が平均4千枚を超え、敷地内薬局で9割以上の処方箋が処理されている場合には、医療機関の処方料が減額される。「処方箋料3」に区分される処方パターンの場合、680円から420円だ。

「アイン減算」は結論ありきの猿芝居

日本薬剤師会が入居するビル(東京・新宿区)

敷地内薬局を冷遇する大義名分は、医薬分業の主旨に逆行していることだ。医師の処方箋は、その医師が勤務する医療機関とは全く利害関係がない薬局で調剤すべきで、敷地内薬局は、医療機関と土地や建物の賃貸借契約を結んでいるため、利益相反の関係にあるという理屈だ。診療報酬を議論する厚労省の中央社会医療保険協議会(中医協)では、「敷地内の適正化について反対意見はなく、委員全員が同じ方向性で共通理解になった」(森昌平日本薬剤師会副会長・中医協委員)という。この結果、今回のような改定が進んだ。

中医協には、日本医師会や日本薬剤師会など医療者側だけでなく、保険者、被保険者、自治体関係者、大学教授などの有識者も参加している。彼らが現状の敷地内薬局は問題ありで合意したという。敷地内薬局解禁の責任を追及された厚労省保険局の安川孝志薬剤管理官は「(問題は)医療機関が過剰な条件を付けて誘致し、過剰な賃料等を薬局が払っていること。このような状況は想定しておらず、認めていない」と説明している。

「このような状況」の象徴が、昨年8月、北海道の公立病院の元事務部長とアインファーマシーズの元社長が逮捕された事件だ。同院の敷地内薬局の公募で元事務部長がアインファーマシーズに便宜を図ったという。罪状は競売入札妨害罪だ。アインファーマシーズは無罪を訴えている。2月27日の札幌地裁での論告求刑で札幌地検は懲役10カ月を求刑したが、これは道交法違反や窃盗と同レベルで、「経済事件としては異例の軽い求刑」(弁護士)だ。

この裁判がどのように決着するかはわからないが、今回の診療報酬改定では、この不祥事が大々的に喧伝された。敷地内薬局の減算を医薬業界は「アイン減算」と称する。ただ、今回の減算は「結論ありきの猿芝居」(厚労省関係者)というのが真相だ。

規制改革会議などの圧力を受けて、厚労省は2016年に敷地内薬局を解禁したものの、敷地内薬局が増えるのを抑制しようとしてきた。今回、50円に減額された調剤基本料も、元は150円だ。

厚労省が守りたかったのは個人薬局で、その利益を代弁するのが日本薬剤師会(日薬)である。会員数は約10万人で、薬剤師における組織率は3割程度だ。主たる構成員は個人薬局の経営者で、大手調剤薬局は日本保険薬局協会という別組織を立ち上げている。両者は強い利益相反関係にある。個人薬局の顧客を奪いかねない敷地内薬局は、日薬にとって大きな脅威だ。日薬は「敷地内薬局を持つ大学に進学した学生たちが歪んだ感覚を持った医療人に育つことは決して許したくない」(田尻泰典日薬副会長)などと批判を続けてきた。

コンビニやドラッグストア業界と調剤業界が違うのは、日薬が自民党、厚労省と密接な関係にあり、強い政治力を持っていることだ。多くの薬系技官OBが日薬幹部に天下ってきたし、自民党には2名の薬剤師が組織内議員として在籍している。そして、様々な場所で敷地内薬局を批判する。

例えば、本田顕子参議院議員は「医薬分業の本旨として『処方箋を交付する医療機関から独立した薬局において薬剤師により調剤を行うことが患者の薬物療法をより安全でより効率的にするための人類の英知である』と(政府に)伝えました」と発言している。

この見解は科学的には妥当でない。敷地外の個人薬局が、敷地内の大手調剤より安全で効率的であることを示す研究はない。22年10月、東京大学医学部附属病院など20の大病院が50万3039件の調剤を調べて461件(0.87%)が調剤ニアミスという結果を発表したが、個人薬局については比較できるデータがない。調剤は機械化や自動化により安全性の向上が期待できる。常識的に考え、個人薬局より大手調剤の方が安全性は高いはずだ。人工知能の活用などで、益々その傾向は強まるだろう。本田議員の主張は詭弁としか言いようがない。

患者にとって便利で格安の院内薬局

そもそも日薬の役員も、こんな理屈は信用していないようだ。原口亨常務理事が経営するファルマウニオン社は、敷地内薬局を推進するI&Hグループの一員だし、川上純一副会長は、自身が薬剤部長を務める浜松医科大学医学部附属病院の敷地内にツルハグループの杏林堂薬局を誘致した。完全なダブルスタンダードだが、このような事例は枚挙にいとまがない。

彼らの議論に欠けているのは患者視点だ。敷地内に薬局が存在することは患者にとって便利だ。関節リウマチで定期的に通院している五十代の女性は、「診察を終えると門前薬局に処方箋を出し、それから会計に戻る。院内に薬局があれば便利」という。インフルエンザやコロナと診断された患者なら尚更だ。その場で薬をもらい、すぐに飲みたい。敷地内薬局の存在は患者の選択肢を増やすという意味で好ましい。

敷地内薬局のメリットはこれだけではない。医療費抑制の視点からも個人薬局より敷地内薬局が望ましい。財政難に喘ぐ国や健康保険組合は調剤基本料が格安の敷地内薬局に積極的に患者を誘導すればいい。しかし、そのような兆候はない。支払い側委員や公益委員が過半数を占める中医協は敷地内薬局批判一色だった。経営者を擁護し、医療費抑制を声高に主張する日本経済新聞ですら、この点には踏み込まない。自民党・厚労省・日薬のトリオに忖度しているとしか言いようがない。

今回の「アイン減算」で多くの敷地内薬局がなくなるだろう。護送船団方式に守られた日薬は我が世の春を続け、自民党も薬系技官も利権のお零れにあずかることができる。果たして、これでいいのだろうか。

世界ではアマゾンなどの巨大流通業が調剤薬局に参入している。激しい競争を通じ、新たなビジネスモデルが誕生するだろう。規制に守られた我が国の調剤薬局では太刀打ちできない。遠からず日本の調剤市場は外資系企業の植民地になるだろう。最終的にツケを払うのは国民である。

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本誌特別取材班

   

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