樋口区政は解体的出直しが必要だ。フジテレビを見習い独立した第三者委員会による再調査を実施すべき。
2025年6月号 POLITICS [「供述調書」は語る!]
本誌の取材を拒否した樋口高顕千代田区長(本人公式サイトより)
東京都千代田区の嶋崎秀彦元議長が昨年1月、警視庁に逮捕され、東京地裁は昨年7月、斡旋収賄や官製談合防止法違反の罪で嶋崎に有罪判決を言い渡した。彼は日本テレビによる番町地区再開発の「助っ人」を任じていた人物である。本誌取材班は、東京地検による嶋崎と山口正紀前副区長の供述調書の内容を把握した。そこに綴られていたのは、入札情報を漏らし、談合を誘発する「区役所ぐるみ」の犯罪行為だった。2人の供述調書をもとに、区役所関係者に取材し、千代田区汚職の深奥を探る。
本誌が入手した供述調書によると、千代田区役所の山口正紀副区長(当時)は2017年2月、「このままでは区長と議会のぎくしゃくした関係が続くに違いない」と、区議会との関係づくりに頭を悩ましていた。彼は13年に副区長に就任して以来、区議会との関係修復が一大関心事であった。そこで山口が頼ったのが、一人のベテラン区議である。
区議の名を嶋崎秀彦という。千代田区九段の日本蕎麦店「ゑん重」の三代目。区議会議員選挙の当選を重ね、自民党区議会議員団の幹事長を経て区議会議長を務め、15年からこのときまで区議団の幹事長に就いていた。
その半面、読売王国のドン、渡邉恒雄の息子、睦と番町小学校の同級生という縁を利用し、日テレが番町地区で進める超高層ビルの建築について日テレに有利に運ぶよう暗躍している。千代田区で進む再開発の裏の窓口たらんとした男でもあった。
山口副区長としては当時、議会対策が喫緊の課題だった。「議会全体にかかわる案件で調整をお願いする場合、最大会派の自民党を取りまとめられる立場にある幹事長にお願いするのがいいだろう」。そう、嶋崎に白羽の矢を立てた理由を供述している。
副区長が、区役所の執行部と区議会の関係に悩むのは、区長選をめぐって両者が熾烈な抗争を繰り広げて来たことと関係がある。彼が嶋崎に接触しようと思ったのは、ちょうど石川雅己区長(当時)が区長選で五選した時期である。このとき小池百合子都知事が石川区長を支援する一方、小池知事と対立した自民党東京都連は地元選出の与謝野馨の甥の与謝野信を対立候補として擁立し、保守分裂選挙となった。それは、小池と「都議会のドン」と呼ばれる内田茂都議との「代理戦争」でもあった。開票の結果、石川が与謝野らに大差をつけて当選したものの、その「後遺症」は区議会に色濃く残った。
もともと都庁職員出身の石川を千代田区長に引っ張ってきたのは内田で、2人はひところ昵懇の間柄だったが、なぜか次第に疎遠になっていった。嶋崎はこの内田の「イチの子分」をもって任じていた。山口が嶋崎に白羽の矢を立てた背景には、反石川区政の内田派の不平不満を抑える狙いもあったのだろう。
千代田区役所の執行部にとって、共産党など野党ならばまだしも、本来、協調関係を築けるはずの自民党区議団の内部に「批判分子」が少なくないのが悩みの種だった。山口副区長は供述調書で「区議会に提出した予算案に対して区長を始め幹部職員に何度も説明要求があったり、減額修正されたりして、幹部職員の心労はかなり大きいものでした」と語っている。こうした経緯によって山口副区長と嶋崎区議の「密談」が始まった。
密談は、日本橋などの個室のある料理店で開かれた。区役所側は山口副区長のほか、まちづくり担当部長の坂田融朗(後に副区長)が同席していた。回数を重ねるうち、坂田の後任の同部長である大森幹夫が加わることもあった。個室料理店で舌鼓を打ち、互いに気心が知れていくと、区議会の自民党議員団から攻撃的な質問は減っていった。嶋崎が委員長に就任している特別委員会は顕著にそうで、「すでに答弁していますよ。ほかの質問に移ってください」などと、彼が執行部寄りに委員会運営の采配を振ってくれるのである。
こうなると、当然、見返りを要求するようになる。嶋崎は、検事の取り調べに対して「千代田区災害対策管工事協力会の会長である設備工事会社『日管』(静岡県浜松市)の野沢昭取締役に頼まれ、私の千代田区議としての活動を政治的、経済的に多方面で支援してくれた協力会の要望にこたえるべく」、区役所から情報を聞き出そうと思った、と述べている。
山口副区長も自身の調書の中でこう供述している。「(嶋崎からの)問い合わせというのは、区政全般にわたり、相当幅広にあったのですが、その中で契約に関して私が明確に覚えているのは4点ありました」と。
一つは、管工事の区内の業者が受注機会を拡大できることだった。山口副区長はその要望を受け入れて、千代田区は2018年2月、区内の業者ごとにそれぞれ一つの「優先業種」を登録させる優先業種登録制度を設けた。こうして優先業種として登録していることを入札参加条件とすれば、例えば電気工事を優先業種として登録している業者が管工事の入札に参加できなくなる、というわけだ。いわば競争の制限である。
二つ目は、千代田区四番町の公共施設の設計業務の受注機会の拡大だった。
三つ目は、橋梁の工事費が高騰していることへの対応を求められた。山口副区長は、担当職員に命じて設計業務の価格の再検討を指示し、直近の工事単価に改めるようにした。
そして四つ目は、嶋崎の自宅そばの東郷元帥記念公園の改修工事の予定価格だった。
山口副区長は担当の猿渡裕司契約課長に聞いたうえ、その価格を嶋崎に伝えている。嶋崎は、入札の「参加者がいるのか」「不調にならないか」などと尋ねて来たので、それに対しても山口副区長は猿渡課長に聞いたうえで返答している。
こうして山口副区長は、区議会のドン、嶋崎の問い合わせに回答する窓口になった。「私自身が窓口になって対応すべきと考え、ほかの職員に窓口役をゆだねることはしませんでした」。そう検察に供述している。
ところが2018年4月の人事異動で行政管理担当部長に吉村以津己が就き、その部下の契約課長は猿渡裕司から山下律子に代わった。「猿渡課長の後任の山下課長は頭が固いことで知られていたため、もし私が嶋崎区議の問い合わせを山下課長に伝えても、先ほど申し上げたような入札公告前の予定価格を教えるなどイレギュラーな指示を含む全般的な事情に対して、山下課長は従ってくれないのではないかと不安に思いました」。山口の供述調書には、そうある。
嶋崎と一緒に昨年1月、官製談合防止法違反容疑で逮捕されることになる吉村に尋ねると、彼は、人事異動で着任してまもない18年の4月2日か3日、山口に副区長室に呼び出されたことを打ち明けた。「ちょっとお願いがあるんだ」。そう切り出した副区長は「山下課長は融通が利かないし、お堅いところがあるので、代わって君に頼みたいんだ」と、今後、嶋崎の窓口になるよう求められた。「嶋崎議員から電話があったら、彼の依頼にこたえてくれ、と。そのときは契約に関する何らかの情報とは思いましたが、副区長は具体的なことを言いませんでした」。そう吉村は、本誌取材班のインタビューに振り返る。
山口は嶋崎に対して「今後、契約に関しては私が吉村部長に尋ねて調べてもらいます」(供述調書)と伝えている。さっそく嶋崎は吉村に連絡している。吉村によると、嶋崎は「彼らのあいさつを受け、名刺交換をしてやってほしい」と言い、その年のゴールデンウイーク前後に日管や五建工業(千代田区)など6~7人の業者が吉村に表敬訪問にやってきた。6月以降、吉村のもとに嶋崎からしばしば電話が来るようになった。最初のころは「入札に何社入っている?」「どんな業者が入っている?」という問い合わせを3件ほど受けた。いずれも規模の小さい工事だった。おそらく業者は談合をしたかったのだろう。
2020年に吉村が区議会事務局長に昇進したころは、嶋崎の振る舞いはさらに大胆になり、区立お茶の水小学校・幼稚園改築に伴う空調設備工事の入札で、参加業者名、参加業者数、さらには最低制限価格などを聞き出すようになった。最低制限価格となると、かなり機微な情報である。吉村の後任として古田毅行政管理担当部長が就任し、吉村は古田や平岡宏行契約課長から聞き出したうえで、嶋崎に伝えるようになった。
2021年6月には区立一番町児童館給排水設備他改修工事で、7月には区立富士見あんず館給湯器交換工事で、そして8月には神保町ひまわり館給湯器交換工事でも、嶋崎に入札情報を漏洩している。しかし、それ以降は吉村を介さず、古田や細越正明政策経営部長が嶋崎の求めに応じて直接、入札の参加業者名などを教えるようになった。山口、吉村を経て古田、平岡らへと、千代田区役所は何代にもわたって嶋崎に不正に入札情報を流していたのである。
利権の享受に味をしめた嶋崎は次第に業者にたかるようになっていった。ゴルフ代や会食費をひんぱんに日管に付け回すようになった。自宅のエアコンの設置代さえも負担させた。区役所の職員との飲み食い代も平気で日管に請求した。
しかし、そんな甘い蜜を吸う生活も長くは続かなった。
22年に江東区の榎本雄一元議長が、江東区役所の経理課長から聞き出した内容を業者に漏らしていたことで、あっせん収賄罪容疑で逮捕されると、千代田区役所内の風向きが変わった。嶋崎の動きに急ブレーキがかかるとともに、警視庁捜査二課に千代田区の汚職を告発する「千代田区 元契約課 職員有志」と名乗る匿名の文書が届いた。警視庁が隠密に捜査に動き出した。
かくして嶋崎と吉村は逮捕された。さらに吉村経由で嶋崎に情報を流していた平岡宏行や古田毅、及び嶋崎の求めに応じて入札参加業者名を漏らしていた細越正明の3人が書類送検され、平岡は停職3か月、古田は同2カ月、細越が同1カ月、ほかに係長が同5日と合計4人の職員が懲戒処分を受けた。
捜査の過程で、嶋崎が越境入学の仲介の役得にあずかっていることも明らかになった。彼が、番町小学校や麹町中学校など人気のある千代田区内の公立小中学校に入学させたい学区外の父母の要望を受け入れ、区内で働いているという虚偽の就労証明書を発行させて区教育委員会に働きかけ、越境入学をごり押ししてきたのである。古手の区議の間では1件あたり10万~20万円の謝礼を受け取るのが一般的だったらしく、嶋崎も少なくとも銀ダラや最中、商品券などを謝礼として受け取っている、と朝日新聞が24年8月、報じている。摘発された区職員が供述し、警視庁が区教委を捜索して明らかになったことだった。
ところが、これだけの不祥事を重ねているというのに、石川前区長に代わって21年に千代田区長に当選した樋口高顕区長は、真相究明の陣頭指揮をとるどころか、むしろ問題を過小に評価し、早期幕引きを図ろうとしてきた。
区が24年1月に設けた「入札不正行為に関する調査及び再発防止対策検討委員会」の委員長は、なんと山口正紀副区長に連れられて日本橋などで嶋崎と懇談していた坂田融朗(現副区長)である。近年は坂田と嶋崎が両輪になって区議会との調整にあたってきたといわれている男である。彼が中心になってまとめた「千代田区入札不正等再発防止検討報告書」は、当然のように自分たちの秘め事には言及していない。2人の弁護士を起用して実施したヒアリング調査でも、山口副区長の果たした役割について「吉村が証言する当時の副区長とのやり取りのみをもって秘密情報の漏洩指示と評価するには難点がある」「漏洩の過程に当時の副区長が具体的に関与したと認めうる事実は確認できない」などと過小に評価し、区役所の組織ぐるみの関与を否定する内容となっている。
樋口は、スパルタ教育で有名な巣鴨学園出身で京大卒、小池百合子の秘書を経て、都民ファーストから2017年都議に当選。21年に千代田区長に転身し現在2期目だ。42歳という最年少区長の若さが売りのはずなのだが、行政手腕は意外に強権的で事大主義である。小池都政とのパイプが太く、したがって都庁の言いなり。住民が反対運動を繰り広げている再開発に対しては強行突破する粗削りな手法が目につき、日テレの高層ビルの高さ規制の緩和を強引に押し通したうえ、神田警察署通りの30本の街路樹の伐採も打ち出した。開発強硬派なのである。
東京新聞朝刊一面のスクープ(3月2日)
そうした区長の姿勢に疑念を抱いた岩田一仁区議らが刑事確定訴訟記録の開示を東京地検に請求し、今年2月に山口副区長と嶋崎元区議会議長の供述調書の内容を書き写してきた。すると、区役所が山口副区長の関与を否定した「再発防止検討報告書」とはまったく異なる事実が浮かび上がったのである。本稿でこれまで詳述してきたように、むしろ副区長が主導した組織ぐるみの犯罪の様相が濃厚なのだ。そのため岩田区議は、区議会の「契約にかかる不正行為等再発防止特別委員会」に対して、書写してきた2人の供述調書を「再発防止に役立ててほしい」と提出。そうした動きが東京新聞の辣腕、小沢慧一、佐藤航両記者の知るところとなり、同紙は3月2日、一面トップで特報した。かくして本誌も調書の内容を知ったのである。真実が明らかになることを恐れた樋口は「人権侵害」と反発し、区議会議長あてに抗議文を送りつけているが、笑止千万とはこのこと。副区長は無関係で区役所の組織ぐるみではなかったという落としどころで事なきを得ようとしていたところ、岩田区議がまさか供述調書を入手し真相を暴露するとは思いもよらなかったのだろう。自身が取り立てて来た坂田副区長が実は「悪」なのであった。樋口が「打ち消し」「隠蔽」に躍起にならざるをえないのだ。
区政は解体的出直しが必要(千代田区役所)
千代田区の官製談合事件で思わぬ悲劇も起きている。警視庁が、内部告発をもとに2022年9月ごろから内々に捜査を始めたところ、まだ若い施設経営係長が自宅の向かいの公園で首つり自殺をした。1歳半の幼子が残された。「おそらく事件に関係しているでしょう」と元区職員は言う。彼は、問題となった工事の積算を担当していたからである。坂田副区長が彼の自殺の隠蔽工作をしていると内部告発する「公益制度に基づく通報について」という怪文書が区議会やマスコミ各社に出回った。自死した彼の義父は、山口前副区長だった。
千代田区政は解体的出直しが必要である。お手盛りの「再発防止検討報告書」ではなく、フジテレビを見習ってきちんとした第三者委員会による調査を実施するべきである。
(敬称略)