兄弟相食む醜い争いが勃発して10年。内紛の出口は一向に見えないままだ。
2025年8月号 DEEP
日韓ロッテグループの重光昭夫会長
Photo:Jiji
兄弟相食む骨肉の争いが勃発して10年、日韓ロッテグループの経営が惨憺たる状況に陥っている。
2025年3月期、グループの司令塔たる持ち株会社のロッテホールディングス(HD)の連結決算は1626億円もの純損失(親会社株主に帰属分)に転落した。売上高こそ7兆7204億円と前期に比べ約7%の増加となったが、営業利益は391億円と同じく約70%もの減少。有利子負債は6兆5859億円と純資産の2倍近い高水準で、支払利息が嵩み金融収支は1771億円ものマイナス。中国事業の減損損失など特別損失の多額計上が依然続いており、大幅な最終赤字となった。
元凶は韓国事業の中核を占めるロッテケミカルとロッテショッピングの不振である。
現在、グループの実権を握る重光昭夫(辛東彬)氏にとって、ロッテケミカルは韓国での足掛かりとなった会社だ。創業者・武雄氏(20年死去)の次男として日本で生まれ育った昭夫氏は青山学院大学を出て野村證券に入社。当然、もとは日本語話者であり、韓国には縁遠かった。それが、兄・宏之(辛東主)氏の1年遅れで1988年にロッテ商事入りして世襲の道を歩み始めると、2年後、韓国へと派遣された。あてがわれたポストが買収から10年を経ていた湖南石油化学(現ロッテケミカル)の常務だ。日本の菓子事業に残った宏之氏と異なり、以来、昭夫氏は韓国ロッテに人脈を築き、そのテコにより宏之氏の追放を謀る14年暮れの政変が仕掛けられた。
戦後の日本で菓子事業を興した武雄氏が韓国に逆上陸するにあたり当初思い描いたのは重化学工業への進出とされる。が、資金に恵まれなかったためホテルや流通業にまずは進出した経緯があった。ロッテケミカルは武雄氏の悲願でもあったわけで、グループの中核となるほどの成長を牽引した昭夫氏の功績はそれなりにあった。約10年前に米国ルイジアナ州で大規模工場を建設するなど、ここのところ海外展開も急だった。
ただし、一昨年から猛烈な逆風が吹き始める。主力のエチレンなど基礎化学品は中国勢の供給過多で稼働率が大きく低下。23年12月期に水面下へと沈むと、翌期には約1兆7千億ウォン(約1800億円)まで赤字額が急拡大した。これは流動性の危機をも生じさせることとなる。大量発行していた社債が次々と財務制限条項に抵触し始めたのだ。繰り上げ償還となれば、デフォルトである。昨年11月に社債権者集会を開き説得に努めたが、対立は裁判所まで持ち込まれた。今年1月に特約の削除が許可され、首の皮一枚つながったが、予断を許さない状況は続く。
他方のロッテショッピング。こちらも主力の百貨店・スーパー事業で近年は中国、ロシア、ベトナム、インドネシアと海外展開が盛んだった。それがことごとく躓く。
まずは中国。誤算は16年のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)問題だった。もともとは朴槿恵政権が北朝鮮への対処として米軍の国内配備を決めたもので、その用地に手を挙げたのが韓国ロッテのグループ会社だった。ところが、これに怒ったのが中国政府である。結果、税務調査など当局から様々な因縁をつけられ、営業停止に追い込まれる。最後は事業丸ごとを地元企業に対し二束三文で売り払う羽目となった。
20年に始まった新型コロナ禍の影響も大きく、22年のウクライナ侵攻でロシア事業も壊滅、最近はインドネシアも振るわない。「ロッテON」と称して力を入れてきたEコマース部門も万年赤字から脱却できそうな気配がない。
この間、昭夫氏は兄弟喧嘩を有利に運ぶことだけに集中してきたきらいがある。そもそも昭夫氏はロッテHDを資本の力によって直接掌握しているわけではない。むしろその点では一族の資産管理会社「光潤社」を支配下に置く兄・宏之氏に分がある。昭夫氏は取締役会の多数を握り、その力によって従業員持株会などの株式を間接支配しているに過ぎない。
この弱点を昭夫氏も重々理解しているようで、内紛勃発後に力を入れてきたのが資本構造の組み替えだった。もともと韓国ロッテはロッテHD傘下のホテルロッテを出資窓口に各社が複雑に株式を持ち合う構造。これではロッテHDの支配権を失うと、すべてがひっくり返ってしまう。そこで昭夫氏が目を付けたのは個人で大株主となっていた韓国ロッテ製菓。同社をロッテコーポレーションへと社名変更し持ち株会社化したのだ。ホテルロッテが持つロッテケミカル株を18年に買い取るなど切り離しが進行する。昭夫氏のロッテコーポに対する株式保有割合は13%だが、持ち合い見直しで現在、同社の自己株は発行株の3割超に上る。昭夫氏の支配力は大きい。
そんな一方で本業は低迷した。ホテルロッテや日本の菓子事業会社ロッテを上場させて資金調達を図る計画が過去に公表されたものの、実現の気配はなく、有利子負債が重くのしかかる。
兄・宏之氏と共闘関係に転じた父・武雄氏を無力化しようと、認知症と決めつけての成年後見を強行したほど非情な昭夫氏だが、こうした本業不振を迎える以前から韓国では不祥事塗れだった。
16年には背任事件が浮上、ナンバー2が自殺するなど経営混乱の最中、昭夫氏は在宅起訴される。さらに朴槿恵大統領との親密さが仇となり免税店出店許可の見返りとして金品を渡していた贈賄事件の捜査も及び、翌17年にやはり在宅起訴。それらが併合審理された裁判では18年2月に1審で実刑判決が下りいったんは収監されてしまう。同年10月の2審判決で執行猶予が付き社会復帰を何とか果たすものの、19年10月には大法院で有罪判決が確定している。
このため昭夫氏は21年6月、会長兼社長の座にあったロッテHDに関し社長職を譲ることとなる。獄中経営が珍しくない韓国での実権はそのままだが、日本ではそうもいかず、形式ばかりの社長辞任だ。この時、後継に招いたのはファーストリテイリングやローソンでかつて社長を務めた「プロ経営者」の玉塚元一氏。06年、昭夫氏はハンバーガーチェーン、ロッテリアの再建を、玉塚氏がファストリ退任後に設立した企業再生会社リヴァンプに託していた。招聘はその縁があったからだろう。
もっとも、玉塚氏の手腕がどれほど発揮されたかは極めて疑問だ。当初は日本から見て治外法権的な韓国ロッテの経営も一元的に管理したいとの抱負を覗かせていたが、前述した資本組み替えもあって圧倒的に規模で優る韓国側の独立志向は相変わらず。今年1月、玉塚氏は韓国で開かれた社長会議に出席したが、実質的な意味はない。日本ではリヴァンプ仲間でファミリーマート前社長の澤田貴司氏を呼んでベンチャーキャピタル子会社を設立したが、目立った成果は上がっていない。
雌伏10年の兄・宏之氏は7月、代理人に河合弘之弁護士を起用して昭夫氏や玉塚氏らを相手取る株主代表訴訟を起こすと表明した。過去の不祥事や高額報酬などの責任を問うもので請求額は144億円に上る。もはや日韓ロッテグループは存亡の縁にあるが、内紛の出口は一向に見えないままだ。