第2のデジタル敗戦!/愚かな「岸田の置き土産」/iPhoneに「マイナカード搭載」

アップル、グーグルらによるデジタル植民地化政策のお先棒を担ぐデジ庁。「ガバメントクラウド」に続く「第2のデジタル敗戦」か。

2025年8月号 DEEP

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「iPhoneにマイナンバーカードを入れてみた」とする動画をXに投稿した岸田文雄前首相(6月24日)

アップルのスマートフォン「iPhone」へのマイナンバーカード搭載が始まった。簡単な作業でスマホのデジタルウォレットにマイナンバーカードを追加すれば、利用者はわざわざ物理的なカードを持ち歩かなくても、iPhoneひとつで本人であることを公的に証明できる。デジタル庁は、マイナンバーカードの利便性向上を宣伝するが、その裏ではウォレットを介した「デジタル植民地化」とも呼べる事態が着々と進行している。

EUは「2社寡占」を牽制

「私が総理の時にApple社のティム・クックCEOとお会いし、その重要性の認識が一致して、実現することができたものです」。6月24日、前首相の岸田文雄はXへの投稿で、iPhoneへのマイナンバーカード搭載を祝福した。その1年余り前、日本政府とアップルは、わざわざ岸田とクックのオンライン会談という儀式を設定し、合意を演出。iPhone搭載の実現は、いわば岸田の置き土産だった。

2016年に交付が始まったマイナンバーカードは今や、国民の保有枚数が1億枚弱、人口カバー率で8割近くに達する。政府は、昨年12月に健康保険証の新規発行を停止し、その機能をマイナンバーカードに組み込んだ「マイナ保険証」に一本化した。今年3月には運転免許証の情報をマイナンバーカードに搭載した「マイナ免許証」の運用も始まり、公的な身分証明書は今後マイナンバーカードに集約されていくだろう。

マイナンバーカードの中核機能は、カードに格納された電子証明書を読み取り、氏名、住所、生年月日、性別(基本4情報)を確認することができる「公的個人認証サービス(JPKI)」と呼ばれる仕組みだ。なりすましが困難になるため、デジタル庁はオンライン本人確認をJPKIに一本化しようとしている。「デジタル社会のパスポート」と位置付けるマイナンバーカードの活用を進める上で、スマホ搭載も欠かせないピースだった。

マイナンバーカードを格納するスマホのデジタルウォレットは今後、デジタル活動の要衝となる。JPKIは行政サービスにとどまらず住宅ローン契約や証券口座の開設など700社以上の民間サービスで利用されている。利用者がマイナンバーカードを介して、どのような行政・民間サービスを利用したかという情報はウォレットに蓄積され、IT大手による利用者データの囲い込みが加速する懸念がある。

もっとも巨大IT企業の個人データ収集慣行は近年、強い批判にさらされており、アップルはプライバシー保護を自らの競争優位として喧伝してきた。実際、マイナンバーカード搭載を伝えるプレスリリースで、高らかにこう宣言している。「ユーザーがどこで、いつ、どのような個人情報を共有したかなど、過去の提示に関する情報は暗号化され、ユーザーのデバイス上のみに保存されます。利用者がいつ、どこで情報を共有したのかをAppleが知ることはありません」

しかし、デジタル庁は、ウォレットのプライバシー保護やセキュリティーのレベルが制度・技術・運用面でどう担保されるのか示していない。外部有識者で構成する「デジタル・アイデンティティー・ウォレット(DIW)アドバイザリーボード」が、ガイドライン策定の必要性などを指摘しているものの、ガバナンスの議論を置き去りにしたまま、アップルによる「実効支配」がなし崩し的に進んでいるのが実情だ。

グーグルのAndroid搭載端末でも、2023年にマイナンバーカードの「電子証明書」が搭載できるようになった。デジタル庁は、iPhoneと同様に、基本4情報を証明する機能についても搭載に向けてグーグルと協議している。アップルやグーグルのウォレットはそれぞれのスマホOS上で標準設定されており、マイナンバーカードの搭載によってウォレット市場における2社の寡占構造は固定化しそうだ。

アップルとグーグルに依存した中央集権的なウォレットに対抗し、利用者自らがIDを管理・制御する自己主権型ウォレットを提供するスタートアップも登場しているが、デジタル庁がこうしたウォレットにどういう基準でマイナンバーカードの搭載を認めるかは定かではない。仮に認めたとしても、2社がOSやアプリストアを統御するスマホのエコシステムでは、健全な競争原理は働かない。

一方、欧州連合(EU)では、2026年までに、加盟国が自国民に共通の技術仕様に基づく「欧州デジタル・アイデンティティー・ウォレット」(EUDIW)を提供することが決まっており、ウォレット提供事業者に対する適合性評価や監督の枠組みを整えている。アップルとグーグル以外のウォレットを消費者が選択できるようにし、巨大IT企業によるデータの囲い込みをけん制する狙いだ。

デジ庁が「無理ゲー」を強要

消費者には無償、もしくは低価格で便利なサービスを提供し、市場独占によって競争相手を排除。選択肢を奪われ、脆弱な立場に置かれた消費者から収益の源泉となる個人データを吸い上げる。あるいは、自らは何も生み出さず、第三者の事業者に製品やサービスを販売する場を提供し、手数料を徴収する――。巨大IT企業が繰り返してきた、収奪的なビジネスモデルの定石である。

ギリシャ財務相を務めたヤニス・バルファキスは、こうした現代のデジタル経済を「テクノ封建制」と名付けた。アップルやグーグルなど「クラウド領主」は、デジタル空間上で自ら支配する「クラウド封土(荘園)」を運営。その住人である消費者は農奴として無償労働に従事し、クラウド資本を再生産する。封土へのアクセスを求める「クラウド封臣」からは地代(レント)を徴収する。資本主義の特徴である市場は封土に、利潤は地代に置き換わり、封建社会に逆戻りしたというわけだ。

デジタル庁は、原則として、2025年度末までに地方自治体の基幹業務システムをクラウド上に移行させる方針だ。この「ガバメントクラウド」の提供事業者としてアマゾン、オラクル、グーグル、マイクロソフトを選定している。さすがにデータ主権や経済安全保障に対する懸念が高まり、国産クラウドとしてさくらインターネットを追加したが、いまだ「仮免許運転中」であり、実質的に米国企業4社以外に選択肢はない。

自治体システムは、クラウド移行によって不必要な高性能を持て余し、経費も数倍に跳ね上がると試算されている。それでも3割のコスト削減達成を求められ、自治体や移行支援ベンダーからは強烈な不満が噴出しているが、デジタル庁は高圧的に「無理ゲー」を強要するのみだ。当然、クラウド領主への地代送金を通じて、米国に対する「デジタル赤字」の拡大に寄与することになろう。

その上、クラウド領主にウォレットを介して国民IDを差し出すのであれば、「デジタル植民地」との表現もあながち誇張とは言えまい。巨大IT企業から市民のデータ主権をどう守るかという視点でウォレットを捉えているEUに対し、「iPhoneのマイナンバーカード」を誇らしげに宣伝するデジタル庁のなんと楽観的なことか。

新型コロナウイルスの給付金事務をめぐる混乱に象徴される「デジタル敗戦」を契機に生まれたデジタル庁。日本のデジタル政策の巻き返しを誓ったはずの司令塔が、アップル、グーグルらによるデジタル植民地化政策のお先棒を担ぐはめに。ガバメントクラウドに続く「第2のデジタル敗戦」か。

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