令和の風雲/「超党派」でなければ何も成し得ない時代!/by阿部圭史「日本維新の会」厚生労働部会長、衆議院議員

2025年9月号 POLITICS [「令和の風雲」]
by 阿部圭史 (「日本維新の会」厚生労働部会長、衆議院議員)

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衆議院予算委員会で質疑に立つ

「国家資源の大半が、富の創出ではなく、軍事目的に充てられるとき、長期的な国力の衰退へと繋がる」――。国家の興隆・衰亡を描く名著『大国の興亡』(ポール・ケネディ著)の印象的な一節である。この格言は、軍事に限らない。特定の費目が国家予算の一定以上の割合を占めるとき、財政が硬直化し、長期的な国力低下を招くということである。

国家の繁栄に責任を有する政治家は、常にこの格言を念頭に、国家予算の配分を考えねばならない。

社会保障は、我が国内政最大の課題である。社会保障関係費は、国家予算(一般会計歳出総額)の1/3、国家予算から国債費や地方交付税を除いた一般歳出に絞ると、1/2以上を占めている。

我が国の長期的な国力低下を防ぎ、国力の再興を図るためには、抜本的な社会保障制度改革が必要である。社会保障制度には、大まかに医療・介護・福祉・年金があるが、その中でも特に大きなインパクトと改革余地があるのは、医療である。

そうは言っても、単に医療費を削減すれば良いなどという、短絡的な話ではない。「命に関わる医療の中核を守る」という意思が不可欠である。

私が政治家を志した原点

私は、医師・厚生労働官僚・国連職員などを経て、令和6年10月の総選挙で衆議院議員に初当選した。専門は、個人の安全を守る社会保障と、国家の安全を守る安全保障。その両者を共に強化していくことを、国会議員としての自身の使命と心得ている。

私が政治家を志した原点は、東日本大震災である。宮城県の沿岸部に親戚が多く住み、それら親戚に会った1週間後に、津波が襲った。震災直後、再び現地に赴き、避難所を一つ一つ回って親戚を探して歩いた際に見た壊滅的な景色。「危機に強い社会をつくる」ことが、生涯心血を注ぎたい課題となった。

現下の国政において、社会保障は内政上の危機であり、我が国周辺の厳しい国際安全保障環境は外政上の危機である。

社会保障については、医師として見た光景が問題意識の核にある。

医師として在宅医療に従事していた際の患者に、蕎麦屋の店主がいた。病気が元で寝たきりになり、訪問診療に加え、訪問看護・訪問介護による日々のケアも必要。しかし、生活苦でケアは受けられないという、ご家族の悲痛な訴え。結果、十分な医療が行き届かなかった。

他の患者のご家庭でも、患者の介護、子供の教育、生活苦(生活保護)など、医療の枠を超えた様々な相談を受けた。しかし、医師としては応えられないという苦悩があった。患者を救うためには、病気だけでなく、生活そのものを向上させねばならない。

医療改革を通じてあの光景を変えたい、というのが私の原動力である。そのためには、国家全体の繁栄が不可欠である。医療だけ考えれば良いという論理は通じない。だからこそ、臨床医を辞めて厚生労働官僚になり、その官僚も辞め、国政全般を俯瞰する国会議員となった。

国家全体の繁栄を志向するには、医療改革を進めつつ、日本社会の長期的繁栄を担う現役世代の社会保険料負担を軽減し、一人一人の生活を楽にすることも重要である。「命を守り、生活も守る」という政治姿勢が必要なのだ。

それを成し遂げる道程の一つが、令和7年通常国会で行われた、維新・自民・公明の「社会保障改革に関する3党協議」であった。

日本維新の会は、令和6年10月の総選挙を経て衆議院で少数与党となった自公政権の予算案に賛成する代わりに、我が国内政最大の課題たる社会保障改革を進めるため、「社会保障改革に関する3党協議」を設置した。その主眼は、これまでの経路依存的・連続的な厚生労働行政にとらわれず、政治の力で非連続な社会保障改革を成し遂げることにある。

私は党の厚生労働部会長(社会保障政策の責任者)を務めていることもあり、協議の実務担当者として参画した。

3党協議の焦点は、医療改革。令和7年3月から6月までの3カ月以上にわたる激論、厳しい交渉を経て、「医療法改正に関する3党合意書」と「骨太の方針に関する3党合意書」の2つの成果を得ることが叶った。内容は、余剰病床の削減や、電子カルテ普及の加速化(普及率100%の実現)、OTC類似薬の保険適用のあり方の見直し等の複数項目。いずれも、これまでの医療政策を非連続的に拡大・加速化したものだ。立案フェーズを経て、今後は実行フェーズに入る。

本合意の結実は、議論に参画した日本維新の会の同志の奮闘はもちろんのこと、自民党・公明党のご理解も大きい。

特に、自公の中をまとめてくださった自民党の田村憲久衆議院議員(元厚生労働大臣)には、根気強く向き合ってくださったことに深く感謝を申し上げたい。厚生労働省時代の私の元上司でもある。

本3党合意は、政治の力がまとまれば大きな改革が実行できる証左であり、結局は、政治家の決意と腹決めの問題である。

社会保障改革に関する3党協議は、秋以降も続くことになっている。引き続き、非連続な制度改革を進めねばならない。

我が党の名称にある、「維新」とは何か。私は、「超党派」だと思っている。時の与党たる江戸幕府の中枢にいた軍艦奉行 勝海舟。野党たる薩摩の西郷隆盛や大久保利通、長州の桂小五郎。民間の貿易結社 亀山社中(後に海援隊)を率いた素浪人坂本龍馬。明治維新の大改革は、超党派の同志によって成し遂げられた。道なきところに道をつくり、大きな改革を実行する。そのためには、「超党派」の同志が必要である。

「80年サイクル」という歴史学の視点がある。我が国の繁栄と衰退の揺らぎは80年周期で訪れ、その都度、大改革が実行されるというものだ。

「80年サイクル」の大改革

外敵の脅威に晒され、内政が混乱した明治維新(1867年)の最中に超党派による大改革が実行され、40年後の日露戦争勝利(1905年)で繁栄は最高潮を極め、さらにその40年後に大東亜戦争に敗北した(1945年)。この間、80年――。

敗戦(1945年)から主権回復に至り、超党派の保守合同による政治的安定と大改革を経て、爆発的な経済成長で繁栄は隆盛を極め、40年後のプラザ合意(1985年)を転換点として、バブル経済の破綻、「失われた30年」を経て、国力は衰退した。この間、80年。本年に至る。

本年は、戦後80年。「80年サイクル」で言えば、国力の底である。大きな改革を実行せねばならない。

何の因果か、本年7月の参議院選挙で与党は敗北し、衆参両院で過半数割れとなり、少数与党という政治状況が現出。「超党派」でなければ、何も成し得ない時代が到来した。

社会保障は、我が国内政最大の課題である。我が国の国力再興には、抜本的な社会保障制度改革が不可欠である。

また、我が国を巡る国際情勢は、戦後最も厳しく複雑な状況である。昨今中国は、我が国への領海侵入及び領空侵犯を繰り返し、軍事活動を活発化させている。我が国の安全に深刻な影響を及ぼしえる状況であり、強く懸念される。

こうした外部環境に適応するためにも、集団的自衛権の全面容認等の抜本的な安全保障制度改革が必要である。そのための憲法改正(憲法9条2項削除)も必須だが、憲法改正こそ、一つの政党のみで実現することは不可能であり、超党派の密な連携が必要だ。

「社会保障改革に関する3党協議」で経験した、超党派による政策実現。その経験を、超党派による次なる国政改革に活かし、我が国の繁栄に力を尽くしたい。

※「令和の風雲」は、各政党・会派の新進気鋭の論客が筆を競い、「とっておきの持論」を述べる連載(不定期)です(編集部)

著者プロフィール
阿部圭史

阿部圭史 (あべ・けいし)

「日本維新の会」厚生労働部会長、衆議院議員

1986年生、39歳。岡山県育ち。北海道大学医学部卒業、ジョージタウン大学大学院修士(国際政治・安全保障専攻)修了。医師。国立国際医療研究センターを経て厚労省入省。感染症危機管理・医療政策・外交政策を担当。WHO本部で紛争地域の危機対応や新型コロナ対策に従事。2024年初当選。党の憲法改正調査会事務局長を兼務。

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