連載コラム:「某月風紋」

2025年9月号 連載 [コラム:「某月風紋」]

  • はてなブックマークに追加

塩野義製薬が11月に大阪市中央区道修町(どしょうまち)にある本社をJR大阪駅北側の再開発街区「グラングリーン大阪」に移転する。道修町は国内最大の製薬企業集積地。道修町をコアにバイオ・医薬品産業の育成を目論む関西財界や大阪府・市はショックだろう。これまで塩野義の手代木功会長兼社長は「東京に本社を移す必要性・必然性はない」と公言してきた。大阪市内での引っ越しなら約束違反にはならない。グラングリーン大阪にはクボタやコクヨ、エア・ウォーターなども本社移転を公表している。

道修町には塩野義や武田薬品工業、藤沢薬品工業(現アステラス製薬)、田辺製薬(現田辺三菱製薬)、大日本製薬(現住友ファーマ)、小野薬品工業など名だたる製薬会社が本社を構えた。田辺製薬の足立慶次郎会長(当時)は1989年時点の道修町について「日本の薬の5割強を製造販売し、日本の薬の輸出で6割を占めている」と雑誌に寄稿したほどだが、転出や合併が相次ぎ、往時の勢いはもうない。

その歴史は寛永年間(1624~44年)に、堺の豪商・小西吉右衛門が2代将軍徳川秀忠の命で道修町に薬種商を開いたことに始まる。幕府は道修町の薬種業124軒を「道修町薬種中買仲間」として公認、全国から集まる様々な薬を検査し、適正価格で独占的に全国に供給する役目を担わせた。明治政府は1872年に株仲間を解散させたが、薬種業各社は薬種商組合を発足させ、株仲間解散後の混乱を収拾した。

この町には「神農さん」の愛称で親しまれる少彦名神社が鎮座し、日本医薬の祖神・少彦名命と中国医薬の祖神・炎帝神農を祀っている。11月22~23日には例大祭「神農祭」がある。塩野義新本社の業務開始は、祭りが済んだ後の11月27日。1878年の創業から約150年間お世話になった町を出て行く塩野義が示す、せめてもの配慮である。

(松果堂)

  • はてなブックマークに追加