「サナエノミクス」成長戦略の核心/「軍需型ケインズ経済」の号砲がなった!

2025年12月号 BUSINESS
by 滝田洋一 (名古屋外国語大学特任教授)

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米海軍横須賀基地を訪問した高市首相と小泉防衛相(10月28日、官邸HPより)

高市早苗首相の経済政策。それを「サナエノミクス」と呼ぶならば、その核心は英語の頭文字をとって「SANAE」となるように思える。

「SANAE。それいいね」。そう言われ、ついつい話が弾んだ。萩生田光一自民党幹事長代行にインタビューした際のことだ(筆者の萩生田光一氏インタビュー)。

「何でも自分で抱え込む」、「細かすぎる」――。親しみを込めながら新首相をあえてそう評する萩生田氏は、無理せず政策に太い背骨を貫いてほしい、との願いにあふれていた。

首相肝いりの日本成長戦略本部が11月4日に示した17の戦略分野にしても、ちょっと幅が広すぎて街行く人は覚えきれないだろう。そこで政策の柱となるテーマながら、「SANAE」の5つにポイントを絞ったらどうか。

就任で覚醒、小泉防衛相

まずはS。経済の供給力(Supply capability)の強化である。安倍晋三元首相の経済政策であるアベノミクスは、デフレ不況からの脱却が課題で、需要と雇用の創出を大目標とした。日銀の異次元緩和、機動的な財政政策、民間主導の成長戦略が三本の矢だった。

それに対して高市首相が直面するのはインフレ。それもコストプッシュ型のインフレである。ガソリン暫定税率の撤廃や所得税の103万円の壁の引き上げなどが物価高対策として挙がるが、それらは短期の需要面の政策である。人手不足に代表される供給面の制約が深刻になるなかでは、日本経済の押し上げには供給力の強化が欠かせない。

幸いなことに供給力を強めるうえで、最初のA、AI(人工知能)革命という追い風が吹いている。2022年11月に登場したチャットGPTはわずか3年の間に、オフィスやビジネスの現場や社会生活を劇的に変えつつある。そしてAI革命は人手不足という日本経済の難問に取り組むうえでも有力な武器となり得るのだ。だが人口減少下の日本で経済成長は可能なのだろうか。お馴染みの難問に経済産業省は一つの答えを用意していた。やりようによっては十分に可能であるという回答だ。

2025年6月3日に産業構造審議会(経産相の諮問機関)の経済産業政策新機軸部会が公表した報告書がそれだ。産業構造転換を踏まえた40年の見通しが前提とする人口動態は、総人口が年0.6%減り、生産年齢人口が年1.0%減る世界。それでも国内投資のフローを年4%増やし、AIなどソフトウエア、ロボット、情報通信といった次世代投資のストックを現在の1.8倍に拡大すれば、名目GDP(国内総生産)は年3.1%成長し、労働生産性も名目で年3.7%伸びるという。

40年度の名目GDPを1000兆円とする――。石破茂首相は25年7月の参院選を前にこの目標を掲げた。24年度の名目GDPは615.9兆円なので、人々は半信半疑でほとんど反響を呼ばなかったが、目標にはかなり緻密な積み上げがあった。

人手不足と賃上げに直面した企業が、大企業ばかりでなく中堅・中小もソフトウエア投資にアクセルを踏むなど、オフィスや店舗、生産現場の雰囲気は様変わりになりつつある。前首相が掲げた目標であっても構いやしない。高市首相はGDP1000兆円の旗を掲げたらよいのだ。

Nはナショナルセキュリティ(国家安全保障)である。「危機管理投資・成長投資による強い経済の実現、防衛力と外交力の強化を柱とした『総合経済対策』を早急に策定する」。10月29日に発表された内閣府の「月例経済報告」では、「政策の基本的な態度」をこう宣言した。

高市首相の十八番である危機管理投資と成長投資はよいとして、「防衛力と外交力の強化」を前面に掲げた総合経済対策はこれまで見たことがない。あまりに記者の想定を超えているせいか、既存メディアはこの点を見事にスルーした。

高市首相は10月24日の所信表明演説でも、防衛費のGDP比2%達成を25年度に前倒しする、と宣言。日本成長戦略本部で打ち出した17分野のなかにも、デジタル・サイバーセキュリィテーや防衛産業など、高市色の強い産業が並ぶ。軍民両用技術(デュアル・ユース)の民間への還元も視野に入れているはずだ。

「総理、何を連想されます?電子レンジ、サランラップ、缶詰……」。国民民主党の榛葉賀津也幹事長の質問に、高市首相は「軍需産業」と即答した。デュアル・ユースは11月12日の参院予算委員会でも俎上に載ったのだ。

防衛費の増額は単に防衛装備品の積み増しを意味するばかりでない。装備品の輸出は「日本にとって望ましい安保環境の創出のための重要な政策的手段だ」、「持続可能な防衛産業を構築する取り組みを進めていく」。小泉進次郎防衛相は就任翌日の10月22日にそう踏み込んだ。

防衛相就任で何だか覚醒した、メディアが叩きにくい絶妙な人事――。SNSスズメは喧しい。それにつけても、防衛力の増強と有効需要の創出、供給力の強化を原動力とする「軍需型ケインズ主義」は、高市政権の見逃せない成長戦略かもしれない。

猛獣使いの手綱さばき

ふたつめのAはアセットプライス(資産価格)への目配りだ。供給力に対して需要が超過する状況を作り出し、経済の成長力を高める。そんな「高圧経済」への期待が高まり、日経平均株価は5万円の大台に乗せた。現にアベノミクス下で日銀の審議委員を務めたPwCコンサルティングの片岡剛士氏やクレディ・アグリコル証券の会田卓司氏が、民間エコノミストとして日本成長戦略本部に入った。会田氏は需給ギャップがプラス2%に達する程度まで、金融緩和と財政出動を続けるべきだと主張している。

こうした「高圧経済」の路線に対して、財務省や日銀の事務方はしかめっ面で、主流派を自認するエコノミストや既存メディアも批判姿勢を隠さない。ただ高市政権が登場すれば、債券、為替市場で「日本版トラス・ショック」が起きる、といった見通しは、今回もオオカミ少年に終わったようだ。

例えば米格付け会社のムーディーズ・レーティングスは10月27日、日本の格付けA1を確認し、格付け見通しは引き続き安定的と発表した。リフレの影響で財政再建が進展し、一般政府の財政赤字縮小につながっている、というのだ。

一方で、日銀が利上げに慎重になるなか、金利水準が物価上昇率を下回る「マイナスの実質金利」が続いている。行き先を求めるマネーは株式ばかりでなく、不動産にも向かっている。都心のマンション価格が高騰するなど、バブルのリスクはくすぶる。実体経済と資産価格のバランスへの目配りは欠かせない。

そして資源・エネルギーのEである。トランプ米大統領が来日した際、10月28日の日米首脳会談で、高市首相はロシア産の液化天然ガス(LNG)の禁輸は困難だと伝達した、という。日本がLNG輸入の約9%をロシアに依存している現実を踏まえた、猛獣使いのような手綱さばきだ。

空母ジョージ・ワシントンの甲板でトランプ大統領と高市首相のツーショットに、識者を自認する人々は顔をしかめた。だがトランプ氏の心をがっちりつかんだからこそ、高市氏は主張すべきことを主張できたのではなかろうか。

中国が経済的威圧のカードとするレアアース(希土類)をめぐって、日米が安定調達に向けた枠組みで合意文書を交わした意義も大きい。米国や日豪など供給網の多様化を進める国々で連携し、半年以内に投資の実施を目指す。高市首相は11月6日、参院の代表質問で、南鳥島周辺海域のレアアース開発で「日米間の具体的な協力の進め方を検討する」と明言した。南鳥島周辺には中国が茶々を入れているだけに、米国が開発に加われば中国へのにらみを利かせられる。一石二鳥である。

それにしても資源・エネルギーは日本経済のアキレス腱だ。AI革命に伴うデータセンター・ラッシュで電力需要が上振れるのは確実である。いたずらに禿山をつくる太陽光発電の見直しとあわせ、原子力を含めた総合エネルギー戦略は練り直すべき段階に来ている。

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滝田洋一

名古屋外国語大学特任教授

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