「札幌丘珠空港」延伸の深謀/旗を降る加森観光元会長

新千歳「一強」では地盤沈下する――。札幌のそんな危機感を背景に滑走路が延びる。

2025年12月号 BUSINESS

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札幌丘珠空港は札幌中心部から6キロの至近距離にある

Photo:Jiji

国土交通省は10月、札幌市東区にある札幌丘珠空港の滑走路を現在の1500メートルから1800メートルに延ばす方針を示した。2030年にも滑走路が延長される見通しで、これによって、現在は夏季しか運行できていない小型ジェット機の通年運行が可能になる。

旗を降る加森観光元会長

地元からは、新千歳空港に代わる新たな札幌の空の玄関口として、丘珠空港の価値向上に期待する声があがる。長年にわたって、経済界を中心に期待が強かった丘珠空港の機能強化が、ここに来てようやく前進した背景には、北海道随一の都市としての札幌の位置づけが危うくなってきている現実もある。

札幌中心部からわずか6キロしか離れていない丘珠空港は、1990年代から機能拡張への期待の声があがりながら、周辺地域の騒音問題などもあり、十分に実現してこなかった。

北海道以外の読者にとって、丘珠空港の存在感は希薄だろう。無理もない。滑走路が短く、積雪の可能性のある冬場はプロペラ機しか就航できないからだ。1日20便ほどの定期便の多くが北海道内の地方都市を結ぶ路線。冬場の道外からの定期路線は秋田、三沢、新潟、中部を結ぶ1日最大5往復しかない。

道路がつながっていない北海道に本州以南から来るための交通手段は86%が飛行機。そのうちの78%が新千歳空港を使っており、新千歳は北海道の玄関口として圧倒的なシェアを誇る。

ただ札幌を訪れる目的で使う空港として、新千歳空港は決して利便性の高い空港ではない。札幌の都心から50キロ近く離れており、着陸後、さらに40分近く列車に乗る必要がある。千歳と札幌をつなぐ唯一の鉄路を運営するのは、経営難のJR北海道。ホームの延長が難しいなどの理由から、大きな荷物を持った外国人観光客が乗る列車の編成は6両しかなく、移動中の居住性は極めて悪い。悪天候による運休、遅延も頻繁。「札幌と福岡の都市力の差は空港の差」との声すらある。

こうした事情を背景に丘珠の機能強化を訴え、熱心に旗を振ってきたのが北海道内にスキーリゾートなど観光施設を多く構える加森観光の元会長、加森公人だ。自ら、「丘珠研究会」なる組織を主催し、親交のあったフジドリームエアラインズ(FDA)代表の鈴木与平を仲間に引き入れた。

積雪がある冬場は着陸に必要な滑走路距離が延びる小型ジェットであっても、夏場に限定すれば就航可能なことに目を付け、鈴木は2013年にチャーター便の運航を開始。16年からは丘珠と静岡空港を結ぶ、夏季限定の定期便を実現した。今回滑走路の1800メートルへの延長が実現すると、現在運行する座席数80席程度の小型ジェットは通年の運行が可能になる。

ただ、加森は5年前にIR汚職で在宅起訴された身だ。かつてのようにおおっぴらにロビー活動できる環境にはない。推進派の経済人の多くが鬼籍に入ったこともあり、かつてに比べると経済界の動きは鈍かった。それでも、一定の進展につながったのは「札幌市の危機感の強さの表れだ」(地元経済界幹部)とされている。

札幌市が危機感を抱くきっかけとなったのが次世代半導体の量産を目指しているラピダスの立地。工場は新千歳空港のすぐそばに建設されている。ラピダスの進出にあわせて、全国から半導体関連企業が北海道内に拠点を構えているが、その立地の多くは千歳市やその周辺である恵庭市、苫小牧市などに限られている。札幌市は北海道内で圧倒的に人口が多い都市であるものの、製造業の集積力が乏しい。代わりに千歳市を中心とした新たなサプライチェーンが生まれようとしているのだ。

観光目的の来道者の間でも、「札幌スルー」が常態化している。特に影響が大きいのが、北海道日本ハムファイターズの本拠地が札幌市内から、千歳に近い北広島市のエスコンフィールド北海道に移転してしまったことだ。「ビジターチームのファンは新千歳空港から球場に行き、札幌に寄らずに帰ってしまう。ニセコや洞爺湖などに向かう観光客も、最近は札幌に寄らず、新千歳からダイレクトに行ってしまうことが多くなった」(道外の観光事業者)。空港から遠いというハンディを抱える札幌の都市としての価値は確実に毀損し始めている。

丘珠空港の周辺は農地が多い。現在の滑走路を延長するだけでなく、並行に新たな滑走路を設けることも可能とされている。 「滑走路を2つ備えることで、成田と羽田のような役割分担が新千歳と丘珠との間にできるといい」などと将来像を語る経済人もいる。

今のところ新千歳に丘珠をライバル視する様子はない。新千歳-羽田線は屈指のドル箱路線。航空大手2社が貴重な羽田を発着する機材を縮小し、コストをかけてまで丘珠に移すことは現実的ではないとみられているからだ。ANAのグループはかつて、北海道内の路線を丘珠をハブに運航していたが、収支改善を理由にすべて新千歳に集約した経緯もある。

もっとも札幌に近い丘珠空港の利便性が道外で少しでも理解されれば、その市場性は大きいとの評価は関係者の誰もが一致するところだ。その先鞭を付ける役割を担ってほしいと地元が期待するのが、FDAを傘下に持つ鈴与グループが筆頭株主になったスカイマークの動きだ。現在運航している新千歳-茨城線や神戸線が丘珠に移れば、首都圏や関西圏からの空の玄関口としてのアリの一穴になると読む。「都市部に近いという絶対的な価値がある丘珠の可能性は大きい」(前出の経済人)。

丘珠の機能強化は、JR北海道の経営問題とコインの裏表の関係にもなる。北見・網走や稚内などに向かうJR北海道の路線は毎年数十億円の赤字を垂れ流してきており、維持困難で早晩廃線になる可能性が高い。

進むインフラの取捨選択

現在、札幌と地域をつなぐ交通網の主体になっている特急列車が廃止されれば、丘珠を軸とする空のシャトル便によって、北海道内の交通ネットワークを代替できるのではとみる向きもある。北海道内各地への乗り継ぎ便がより多くなれば、本州からの路線が新千歳から移ってくる可能性は高まる。

人口減が全国よりも速いスピードで進んでいる北海道は、今後、インフラの取捨選択を迫られる。丘珠空港の機能拡大は、現在の交通秩序を根本から変容させるジョーカーとなる可能性を秘めている。(敬称略)

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