起死回生を狙う軽EVの投入で、市場の硬い扉を開けるか。
2025年12月号 BUSINESS

BYDが来夏に発売する軽EV「ラッコ」
「EVなんて自分には関係ない。そう長澤さんは思ってました。『よくわかんないし、不安だし』」。
女優の長澤まさみをCMキャラクターに起用した、そんな動画を見た方も多いだろう。米電気自動車(EV)大手テスラと双璧をなし、世界市場を席巻する勢いを見せる中国・比亜迪(BYD)。2023年に日本の乗用車市場に参入したが、EV普及率は、まだ1~2%台で、分厚い「壁」を崩せずにいる。
月間登録台数は数百台の水準。グローバルで勢いづく成長曲線とは裏腹に、日本市場では厳しい現実が浮かび上がる。
「年内に販売網100拠点を目指してきたが厳しい。目標より遅れている」。BYDオートジャパンの東福寺厚樹社長は、こう漏らす。今年度上期(4~9月)の登録台数では、BYDは約2400台。前年度同期より2倍余りに増えているとはいえ、まだ街中で見かけることは少ない。
背景にあるのは、日本特有の市場構造だ。トヨタやホンダ、日産といったメーカーが築いてきた強固なブランドや販売ネットワークがあり、ハイブリッド車(HV)への支持も未だ根強い。EV普及には充電インフラや補助金による後押しといった条件が必要で、新しいものに飛びつく「アーリーアダプター」頼みの面がぬぐえない。
市場開拓に苦戦する中、イオンリテールの販売促進キャンペーンとの連携や、楽天市場での電子商取引(EC)ストア開設など、あの手この手を使い、粘り強く浸透を図る。元フォルクスワーゲンジャパン販売社長だった東福寺社長は日本市場を「単なる一市場というより、品質基準の最も厳しい試金石」と位置づける。
開拓が進まない日本市場で、起死回生を狙い、新たに打ち出したのが、来夏に発売する日本専用の軽EV「ラッコ」だ。10月30日に開幕した「ジャパンモビリティショー2025」で公開した。軽市場は年間120万台規模に及び、日本の乗用車市場の約4割を占める。特に地方部では商用から家庭の下駄代わりのような用途まで根強い需要がある。航続距離などはあまり問われない。ここで浸透すれば「市場の扉が開く」(同氏)と大きな期待を寄せる。
軽の知見やノウハウに乏しい同社は、ホンダやスズキなど軽の経験が豊富なディーラーの専門家を「先生役」に販売方法を学ぶ取り組みも進めている。軽EVは利幅が小さいだけに、商談や納車までの流れなどの効率化が必要。並行して打ち出したEC活用は、そうしたオペレーションにも資する可能性がある。ただこれも、実車確認やアフターサービスを重視する日本の消費者に受け入れられるには、時間がかかりそうだ。
EVは軽自動車と相性がいいとされる一方で、日産の「サクラ」などもあり、競争は激しい。BYDは、日本市場を視察したトップの肝いりもあって今回、約1年で日本仕様の軽を開発した。中国ならではのスピード感との指摘もある一方、迎え撃つあるメーカーの幹部は「外観は想定通り。普及するかどうかは性能や価格次第だろう」とお手並み拝見の様子だ。
BYDは2010年に金型大手、オギハラ(群馬県館林市)を買収し、技術を向上させ、世界的なEVメーカーに成長した。その姿は欧米企業から学び、世界に飛躍した日本企業とも重なる。目標達成のために諦めず、何度も挑戦するハングリー精神がBYDの強み。費用対効果への要望が厳しい日本市場で、ラッコは分厚い「壁」をぶち破ることができるのか、試金石となる。
長澤まさみがCMで最後に言うように「ありかも、BYD」と思ってもらえるか、したたかに、その機を窺っている。