連載Dark Forest/「対米ヘッジング」が加速/欧州諸国は中国に接近/「日本の弱み」握る米国

2026年3月号 POLITICS [「暗闇の森」を歩く]
by 園田耕司 (朝日新聞政治部次長)

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ダボス会議で講演するカナダのマーク・カーニー首相(同会議動画より)

「我々は移行期ではなく、断絶(rupture)の真っただ中にいる」――。

1月下旬、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で行われたカナダのマーク・カーニー首相の演説は、かつて東西冷戦の幕開けを象徴した英国のチャーチル前首相の「鉄のカーテン」演説と同じように、後世の人々によって新たな時代の到来を象徴する演説として記憶されるかもしれない。

カナダや欧州諸国は、トランプ政権のもとで不確実性の高まる対米関係をめぐってリスク分散を図る「対米ヘッジング」に基づき、中国やインドなどとの関係強化という外交の多角化を加速させている。これまで日米同盟一辺倒だった日本でも「対米ヘッジング」を探る動きがあるが、欧州などに比べればその動きは遅く、取り残されている感はある。大国が力で支配する「弱肉強食」の時代が本格的に到来しようとする中、カーニー氏が提唱したように、ミドルパワー(中堅国家)の国々が結束し、大国政治に対抗することができるのか。米中両大国の狭間にある日本にとっても大きな課題となってくる。

「我々は断絶の真っただ中にいる」

カナダのカーニー首相が1月20日にダボス会議で行った特別講演は、「強者はしたいことをして、弱者はそれを耐え忍ぶ」という古代ギリシャの歴史家トゥキディデスの警句を紹介するところから始まった。

カーニー氏は次のような話を語る。これまでカナダのようなミドルパワーの国々は数十年にわたって「ルールに基づく国際秩序」という美しい物語に参加してきたが、実はこの物語では最強国は自分たちに都合良くルールをねじ曲げるなどの「虚構」が存在していた。だが、米国の覇権のもと、開かれた海上航路、安定した金融システム、集団的安全保障といった国際公共財が生み出されたため、その「虚構」は指摘されることはなかった。

「しかし……」とカーニー氏は続ける。

「このような取引はいまや機能しなくなっている。率直に言う。我々は移行期ではなく、断絶の真っただ中にいる」

カーニー氏は、大国が関税など経済統合を武器として利用し始めたと指摘し、「統合が従属の源泉となるのであれば、相互利益という『噓の中で生きる』ことはできない」と訴え、「我々は(『ルールに基づく国際秩序』という)看板を外す」と語った。

カーニー氏のこの演説は、国際社会に極めて大きな衝撃を与えた。カナダは米国と世界で最も緊密な同盟関係にあることで知られ、古くは第2次世界大戦のノルマンディー上陸作戦、近年は米同時多発テロをきっかけとしたアフガニスタン戦争に参加し、米国とともに血と汗を流してきた。そのカナダが「旧い秩序は戻らない」(カーニー氏)と、米国主導のリベラル国際秩序の終焉を正式に宣言したからだ。

最大の要因は、トランプ米大統領が、カナダは「米国の51番目の州」になるべきだと主張し、高関税などで圧力をかけ続けているためだ。トランプ氏は昨年12月公表の新たな国家安全保障戦略(NSS)で、米国は西半球の権益確保に集中するという「ドンロー主義」の考えを打ち出し、ベネズエラのマドゥロ政権を転覆し、デンマーク自治領グリーンランドの領土を要求。トランプ氏が自身のSNSに投稿した画像の地図には、米国の領土にグリーンランド、ベネズエラに加え、カナダも含まれていた。トランプ氏の振る舞いに、カナダは自分たちが次の標的になると強い危機感を抱いており、カナダの有力紙「グローブ・アンド・メール」によると、カナダ軍は最悪の事態の想定として、約100年ぶりに「米国によるカナダ侵攻」に備えた防衛モデルの策定に着手したという。

欧州諸国は独自に中国に接近

習主席とスターマー英首相の会談を報ずる人民網

大国の力によってカナダなどのミドルパワーの国々が威圧される時代、カーニー氏が演説で訴えたのは、ミドルパワーの国々が「戦略的自立性」を高め、外交を多角化させていくことだった。カーニー氏は「不確実性をヘッジするために多角化を進める。保険をかけ、選択肢を増やす。これによって主権を再構築する」と強調した。

カーニー氏の言う「ヘッジ(ヘッジング)」とは、将来の不確実性を念頭に、どのようなことが起きても対応できるよう、リスクを分散し、いくつかの選択肢をもつことを目的としている。米国に対してヘッジング戦略を取る際、米国とは関係を維持しつつも、いざ米国と対立した場合などに備え、別の大国とも関係強化を図ることが重要な手段となってくる。カーニー氏は1月中旬、カナダの首相としては8年ぶりに中国を訪問し、習近平国家主席と会談。両政府は「新戦略パートナーシップ」を発表し、お互いの輸入品への関税を引き下げることで合意した。

現在の国際秩序を「断絶」と表現したカーニー氏の演説について、ある欧州の外交官は筆者に「欧州諸国の政治指導者たちはカーニー氏と同じように直截的に話すことはないが、そのトーンは共有している」と語る。

かつて欧州は、第2次世界大戦中の1941年、米国のF・D・ルーズベルトと英国のチャーチル首相が大西洋上で会談し、民族自決や航行の自由、自由貿易の原理など8項目からなる「大西洋憲章」を宣言して以来、米国と共にリベラル国際秩序を構築してきた関係にある。しかし、トランプ政権は新NSSの中で欧州は「文明消滅」の危機に直面していると激しく罵倒。さらにトランプ氏のグリーンランドの領有を要求。反対する欧州諸国に高関税を課すことをちらつかせた。欧州の政治指導者たちは、米欧関係が新時代に入ったことを強く自覚することになった。

欧州連合(EU)のカラス外交安全保障上級代表は1月下旬、欧州防衛庁(EDA)年次会議での基調講演で「欧州は新しい現実に適応しなければいけない。欧州はもはやワシントンにとって主要な重力の中心ではない」と指摘した。カラス氏の言う「新しい現実」とは、米国主導のリベラル国際秩序の崩壊は、一時的な現象ではなく、恒久的なものだという認識を示したものといえるだろう。

欧州諸国もカナダと同じように対米ヘッジングの動きを加速させている。象徴的なのが、欧州の政治指導者による「中国詣で」だ。

英国のスターマー首相は1月下旬、英国の首相としては8年ぶりに中国を訪問し、習氏と会談。習氏は会談で「現在、国際情勢は混乱の中で変化と絡み合っている。我々が広範な歴史認識を守り、我々の違いを乗り越え、お互いを尊重し合う限り、我々は歴史の試練に耐え、結果を出すことができるだろう」と述べ、あたかも中国が国際社会の安定化装置のような態度をとってみせた。

英国に加え、1月にはアイルランドやフィンランドの首脳も相次いで訪中。欧州諸国の多くはこれまで中国を戦略的競争国とみなす米国と共同歩調を取ってきたが、トランプ氏の「同盟国叩き」の結果、欧州諸国は米国の意思を離れ、自国利益を図るために独自に中国に接近し始めているのだ。

欧州が接近する相手は中国だけではない。EUのフォンデアライエン欧州委員長は1月下旬、インドを訪問してモディ首相と会談し、自由貿易協定(FTA)を締結した。世界の国内総生産(GDP)の25%を占める人口20億人の巨大自由貿易圏が出現することになり、両国は「史上最大のディール(取引)だ」と歓迎。こうした欧州の対米ヘッジングの動きは今後ますます加速していくことになるだろう。

とはいえ、欧州やカナダが米国から完全に独り立ちできるほど、話は単純ではない。安全保障や貿易関係をめぐり、米国に極めて強く依存しているからだ。NATOのルッテ事務総長は欧州議会の会合で、「もしこの場にいる人が、欧州連合や欧州が米国なしで自衛できると考えているならば、夢を見続けなさい。そんなことはできない」と強調。「そのようなシナリオの場合、米国の核の傘という、我々の自由に対する究極の保証を失うことになる」と強い警告を発した。欧州は現在、ウクライナの侵略を続けるロシアの脅威に直面しており、世界最強の軍事力をもつ米国という後ろ盾を失えば、欧州の安保環境がさらに悪化するのは明白だ。

欧州もカナダも、米国とは正面では対立することを避けつつ、リスク分散を図っていかなければいけないというジレンマを抱えている。前出の欧州の外交官も「欧州が後ろの橋をすべて焼き切って、米国抜きの生き方を追求することはできない」と語る。

トランプから「梯子」を外されるリスク

高市がトランプに苦言を呈することはない(官邸HPより)

ミドルパワーの一角である日本は、日米同盟を外交安全保障政策の基軸としているが、政府内では対米ヘッジング戦略を探る動きも出ていると言って良いだろう。日米同盟の深化に尽力してきた元防衛省幹部も「我々も米国に対してヘッジをかけなければいけない時代となった」と語る。政府は公式には認めないものの、次の二つの取り組みは対米ヘッジングと解釈することができる。

一つ目は、日本の自主防衛力向上だ。日本は防衛費の大幅引き上げや、敵基地攻撃能力保有などで自衛隊の能力と役割の拡大に取り組んでいる。これまで専守防衛だった自衛隊に「普通の国の軍隊」としての能力を持たせていくとともに、米国の負担を減らすことで米国内の日本に対する「安保ただ乗り」批判を抑え、米国のインド太平洋地域関与への引き留めにもつなげる狙いがある。

二つ目は、欧州や東南アジア諸国など同志国との連携強化である。1月末に訪中直後のスターマー英首相が訪日し、日英首脳会談で経済安全保障面での連携やサイバー分野の協力を強化した。日本はこの英国を含めた豪州やフィリピンの3カ国と円滑化協定(RAA)を結び、「準同盟関係」の強化を進めている。こうした同志国との関係強化も大きく言えば、対米ヘッジングの一環とみなすことができるだろう。

ただ、日本の対米ヘッジングは、次の理由から欧州に比べて弱い。

一つ目は、日本は、NATOに加盟する欧州諸国とは異なり、安全保障条約に基づく同盟関係を米国としか持っていない点だ。このため、日本は米国から「見捨てられる」恐怖を感じやすく、「対米従属」との批判が出るように、対米依存の傾向が非常に強い国だ。

二つ目は、日本は安全保障上の対立から中国に接近するのが難しいという点だ。欧州諸国が中国との連携強化を進めているように、対米ヘッジングの最も強力な手段は、米国のライバルである中国との関係強化にあるといってよい。だが、日本は中国と尖閣諸島や台湾問題をめぐって対立し、中国の脅威から地理的に遠い欧州諸国のように中国に大胆に接近する方策を取ることは困難といえる。

こうしたもともとの日中間の対立構図に加え、この局面における高市早苗首相の「不用意な発言」(政府関係者)は非常に痛い。高市首相は昨年11月上旬の臨時国会で、「(台湾有事は)存立危機事態になりうる」と従来の政府見解を踏み越えて答弁。高市首相の親台湾派的な言動に反発していた中国は、この首相答弁を最大限利用する形で経済威圧策を次々と打ち出す中、高市政権は「戦略的互恵関係」を進めるどころか、有効な打開策を見いだせないままでいる。

高市首相は3月の訪米で調整しているが、トランプ氏に対して国際法無視のベネズエラ攻撃やグリーンランド領有要求などをめぐって苦言を呈することはない。日本側の狙いはあくまでも米国のインド太平洋地域への関与を再確認し、米国から「見捨てられる」懸念を払拭する点にあるからだ。さらにトランプ氏の4月の訪中を前に、トランプ氏に対し、中国の脅威と日米連携の対中抑止の重要性を事前にインプットしておきたいという思惑もある。

とはいえ、こうした日本側の働きかけがトランプ氏の対中戦略にどこまで影響があるのかは見通せない。確かに高市首相はトランプ氏とは個人的な相性が良いかもしれない。

だが、トランプ氏は昨年11月の首相との電話協議で、首相の台湾有事答弁を支持せず、日中対立をめぐって事態の沈静化を図る必要があるとの認識を示したように、トランプ氏のもっぱらの関心は米中通商交渉にある。

トランプ氏は中国との交渉材料の一つとして日本の対中強硬姿勢を利用することはあるかもしれないが、交渉の行方次第では、日本はこれまで台湾問題など対中政策をめぐって米国と共同歩調をとっていたにもかかわらず、トランプ氏から「梯子」を外されるリスクも抱えている。

米国にもの申すことが難しい日本

日本を含むミドルパワーの国々にとって今後、中長期的な観点から最も重要なのは、大国の力が支配する世界に対抗し、ミドルパワー主導の国際秩序を構築することができるのかという点だろう。

カーニー氏がダボスでの演説の終盤で訴えたのが、中小規模国家の運命をも決めてしまう大国に対抗するために、ミドルパワーの国々が団結することだった。カーニー氏は「ミドルパワーは結束して行動しなければならない。交渉のテーブルに着かなければ、自らがメニューに載せられてしまうからだ」と強調した。

日本の外務防衛当局者たちも、米国主導の既存の国際秩序が壊れつつある今、日本はこれまでのような日米同盟一辺倒ではない、新たな国家戦略が必要だということは認識しているとみられる。その際、カーニー氏が提唱したミドルパワーの国々の結束は、日本のこれからの針路を考えるうえで大いに参考になるのではないか。

日本は1990年代初頭のバブル崩壊以降、国際競争力の低下は著しいものの、それでも経済力は名目GDPで世界4位、軍事力ランキングでは世界トップ10に入っており、ミドルパワーが結束する際、その中核として活躍できる潜在的能力をもっている。もちろんミドルパワーの結束といっても、それぞれの国々が異なる立場や利益を乗り越え、大国に対して一致団結して行動することは並大抵のことではない。

とくに日本の場合は、中国と対立する中、米国だけが唯一の同盟国であるという弱みがあり、欧州諸国のように米国に対して強くもの申すことは難しいだろうし、その弱みをみてとった米側がミドルパワーの結束を突き崩すために日本に圧力をかけてくるかもしれない。

しかし、それでも日本を始めとするミドルパワーの国々はさまざまな困難に立ち向かいながらお互いに連携強化を図り、新たな国際秩序の構築を真剣に検討していかなければならないだろう。このままでは中小規模国家は大国に翻弄され続け、最終的にその餌食になりかねない。そんな「弱肉

強食」の時代が到来しようとしているのだ。

著者プロフィール

園田耕司

朝日新聞政治部次長

元ワシントン特派員。米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院(SAIS)修士課程修了。

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